漆黒の月の宴 33
『由官吏』が『鄭補佐』であったことも分かり。今まで起こったことも「すべてはこともなし」という悠舜の一言で締め括られた。


(あれほどのことまでたった一言で……お、大物すぎるわ……)


「ああ、本当によくお似合いですね」


身支度の整った秀麗に、悠舜が声かける。
綺麗に施された薄化粧は凛とした華やぎと優しさを、女性用の官服は潔癖さと決然たる意思をよく引き立てていた。


(さすが櫂兎さん。こんな服きてたら、我ながら女性官吏が格好いいと思っちゃうわ……)


ふと取り出した鏡に映った自分の花簪――“蕾”を目にして息をのむ。
あの後、影月をよんで向かった先に朔洵の姿はなく、冷めた甘露茶の器が一つ、二胡の側に置かれていたのだった。一体誰が――


悠舜は辺りをうろつく州官たちをみてくすくす笑った。


「うちの強面の州官たちが、そわそわと落ち着かなげにあちこちうろうろしているのがもうおかしくておかしくて……長年、髭面で不真面目なかわいくない州牧だったので、真面目で頑張り屋で可愛らしいお二人をお迎えして、皆ああみえてとても喜んでいるのですよ」

「……悪かったな、髭面で不真面目なかわいくない州牧でよー。おっ、すごいぞ姫さん、きれーにできたな」


ひょっこり顔をのぞかせた燕青を、悠舜はむっと睨みつけた。


「燕青、淑女のお支度になんですか、不躾な」

「だって『きれいにできましたね』って終わったってこったろ?
にしてもこの服、櫂兎が考えたんだっけ?」

「作られたのは櫂兎さんのお知り合いの方らしいけれどね」


何気ない秀麗の言葉に悠舜が目を見開く


「……櫂兎が?」

「あれ、鄭補佐も櫂兎さんをご存知なんですか?」

「ええ、同期です」


その答えに今度は秀麗が目を丸くした。彼と同期だということは、櫂兎も例年より及第者少ない『悪夢の国試』を突破した一人ということである。


「なー、悠舜ー、そろそろ教えてくれたっていいだろー」


なっ、なっ、とにかにか笑顔を向ける燕青に悠舜は笑顔でぴしゃりと言い放った


「ダメです」

「えー……だって櫂兎、教えてくんないし」


二人のやり取りに疑問符を頭上へ並べた秀麗に、悠舜は小さく笑って説明した。


「櫂兎が一体国試を何位で及第したのか、燕青がきいてくるものですから」

「悠舜も櫂兎もひでぇんだぜー? 聞いても変な顔して答えてくんねーの」

「私としては、むしろあまり知られていないことのほうが不思議なのですけれどね」


何せ、状元及第である。二人いたからとして、自分の方ばかりが噂になるのはあまりにも不自然としか言いようがない。
まあ彼の場合、事情ありとはいえ進士式に出ず、『状元及第のうち一人は官吏にならなかった』『早々御史台に配属された』などと噂たったせいもあるだろうが
そのうち悪夢の国試組状元及第者も、悠舜ばかりの名が挙げられ、二人いたことすら忘れられる始末である。


(でも、ここまで彼が表舞台に出てこないのには不自然さを感じるしかありませんけれど)


御史台ならいざ知らず、彼は吏部に配属されているはずで。だからこそいつまで経っても中央から彼の名が聞こえてこないのは不思議でならなかった。


(また、顔合わせたときにでも問い詰めてやりますかね……)


と、丁度身支度済んだらしい影月らも合流し、新州牧達の微笑ましさに悠舜は口元を綻ばせた。

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