「……やっぱり、朔洵さんと克洵さんがいませんね」
「まだあとちらほらいないヒトビトが。それにしても気になるのがなんでこの室かっつーことなんだけど。……造りが、みょーに……」
しずしずと茶家の仕女達が入ってきては、次々と膳を並べ、酒杯を注いでいくのをよそに、燕青はこんこんと手近な床やら柱やらを叩く。それから思いついたように、懐から取り出した丸い硝子玉をコロンと床に落とした。
堂内にどっと大きな声が上がる。かつておそれた鴛洵も英姫もここにはいないとあって、嘲笑と罵倒の声が湧いたのだった。
その声をあげる者たちのいる方へ、要するに上座へと玉はころころと転がっていった。
それを見た燕青と影月は目を見開いた。
「これは――」
「流石櫂兎の言葉、だな。けど…まさか仲障じーちゃん……」
呟いたとき、庭院から誰かが飛び込んできた。
「浪州牧――!」
「彰――てことは、……うん。お前絶対そこからあがってくんなよ」
そして燕青は並べられた膳の皿を次々と掴むと、仕女達が入ってこようとする出入り口に投げつけた。
杯が砕ける音が響き渡る。誰もが動きを止めた。
燕青はにっかと笑った。
「綺麗な女の子たちにこんなこと言うのは勿体ないんだけど、もうそこから一歩も入っちゃダメだぞー。じゃないと、この離れ、ぺっしゃんこにつぶれて一緒に死んじまうからな!」
「そろそろ『悠舜プロデュース、スーパー捕縛タイム』か」
大堂の騒がしさをよそに、櫂兎は秋の風感じながら静かに呟いた。彼は血濡れた服をさっさと着替えた後、茶本邸内をふらふらと彷徨っていた。迷ったわけではない、州試のとき見たこともあって、建物の造りはだいたい頭に入っている。
仲障を看取った後、宮の奥から出てきた克洵の目を見た櫂兎は、ここに自分の出る幕なしとさっさとそこを離れたのだった。が、しかし離れたはいいものの、いかんせん向かう先に気乗りしない。
「おっ、二号おかえり。お前絶対宮入って途中で帰ってきたくちだろ、松明持ち係が泣くぞ」
ぴょこんと目の前に現れた二号をコツンと指で弾けば木に当たり、跳ね返った二号は頭の上に乗った。
「……なんなの、お前ここ気に入ったの?」
そうして二号を触ろうとして頭に手をやって――空振る。
「あれ、さっき乗ったと思ったんだけど」
ぶんぶんと首振ってみたり俯いてみたが、落ちる気配もなく、頭の上に感覚もなく。またどこかへ消えてしまったんだろうかと首を傾げた。
それから聴こえてくる二胡の音に気付いて――泣きそうな顔で笑った。
「人の忠告はきかないし、馬鹿ばっかじゃねえか」
酒も飲みすぎるなって言ったのに。致死量の毒と一緒に飲んで酔って倒れてる誰かさんはいるし、好きな女の子泣かす男にだけはなるなってのに、最後の最期にならなきゃその女の子が飽きることのない『特別』だって気付かないし。馬鹿しかいないんだ、きっとそうなること知ってみているだけの俺も馬鹿。
それから、その音の方向とは別の方向へ、あるものを求め櫂兎は駆け出した。
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