「櫂兎はこのまま、ここに住んじまえばええ」
「そりゃえぇそりゃえぇ」
長老の言葉に老人たちも同意の声を上げた。
「櫂兎さんここで暮らすのー?」
「のー?」
子供らの目が輝くのに、櫂兎は苦笑し頭を掻く。
「ありがとう、けど俺やんなきゃいけないことあるし。石榮村に行かなきゃいけないんだ、途中の村々に寄ってさ」
「そりゃまたなんでさ、観光ってったってここらにはなーんもないのに」
今晩ご馳走してくれるという気のいいおばさんが問うのに櫂兎は困ったように笑った。
「どうやら今年は、池やらの水の中に悪い虫が潜んでるかもしれないらしくて、水を飲む時はきちんと煮沸――あ、一回沸騰させることな、そうして飲むようにってのを伝えようと思って」
「いいい、いい、いかんっ、わしはもう水を飲んでしまったぞー?!」
「長老、危ないのは秋から冬にかけてあたりのはずでしたから、まだ大丈夫です。これからこれから」
櫂兎の言葉にほっと長老は息つく。それからキッと鋭い目をして(こうしてみると結構イケメンだ)、問いかける
「それは、まことの話なんじゃな?」
「はい。……可能性がある、ということですけれど」
「用心に越したことはない。ああ、どうやって知ったのかなんぞ、無粋なことを訊くつもりはないから安心せえ」
何それかっこいい、ちょっと長老を見直した。
「櫂兎の他にはそれを言いに来たもんはおらんのか」
「俺一人です」
長老は片眉をあげる。
「一人で石榮村までの全村々行くつもりか」
「はい」
「…………ふむ」
暫く悩む顔してから、長老はニッと笑った。
「男衆で脚はやい元気な奴ら、数人協力させよう。近い村々に寄っとる時間が勿体無いじゃろう」
急いでいる、とは一言も言っていないのに、まるでそれを知ったように長老は言った。
「村人たちに説明してやってくれ、何を伝えにゃいけんかやら、その『シャフス』とかいうののやり方やら」
キメ顔で長老は言った。
「煮沸です長老」
少しだけ残念だった。
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bkm