室を訪れた凛の姿に、またしても櫂兎は戸惑う羽目になった。
(何故風呂上りッ! いやまあ、雨に濡れてたんならあたたまらないと風邪ひくし、まあ分かるんだけども。若い男性いる部屋にうら若いおなごさんが風呂上りで訪問ってどうよ!? 別に変なことしないけど世間様からすりゃどうよ!?)
そんな葛藤の櫂兎など露知らず、凛はにこりと笑い、そばの長椅子に腰掛けた。
「待たせたね」
「いや、むしろ急がせてすみません。髪もまだ濡れてるじゃないですか」
櫂兎はそういいながら、先程かぶっていた布を凛に被せ、わしゃわしゃと拭きだす。凛は一瞬呆気にとられたあと、くすくすと笑い出した。
「え、ど、どうしたの。嫌だった?」
「そんなことないよ、ただ世話されるとは思ってなくてね。ふふっ、まるで兄ができたみたいだよ」
そうして凛はまた嬉しそうに笑った。
「弟は一人いるのだけれどね、櫂兎君はどうしてだか、弟というよりかは兄な気がする」
「んー……妹いるから、かも」
「妹さん? さぞや可愛らしいんだろうね。彼女の髪も拭いてあげたりするの?」
櫂兎の目が、妹の話になったことで輝く。髪を拭き終えた櫂兎は寝台に腰掛け、楽な姿勢をとった。
「ああ、すっごく可愛い。目の中に入れても腹部刃物で刺されても痛くないくらい可愛い。でもあいつ、俺に髪触らせてくれないんだ」
「……私の想い人も、他人に髪を触られるのを嫌がるらしいんだよ」
目を伏せ、眉下げて凛は笑った。
「拒否されたら怖くて、触れない」
「想い人、……っていうのは相手からも?」
凛は首を横に振った。
「私の一方的なものだよ、だってずっと思いを伝え続けているのに暖簾に腕押しなのだもの」
そう言った凛の顔をみて、櫂兎は悠舜と再会したなら「好きな子にあんな顔させんじゃねー」と叱ってやろうと思った。
「分からないなら、訊いてみたらどう?」
「……失礼じゃなかろうか」
「大丈夫、大丈夫。今の状態は、あっちがふわふわの綿か割れやすい陶器か分からなくて、石をぶつけたいけれど、受け止めてくれるか心配しているような状態。なら、その石はいきなり投げつけず、先にそれが綿なのか陶器なのかを確かめよう。
というかその人、暖簾なんだろ? なら石でも腕でも何でも押し当てつけたらいいんだよ。案外、すんなり受け止めてくれたりして」
そう言った櫂兎に、凛はパチクリと瞬きした後、本当に愉快そうに笑った。長く笑い、堪え涙拭きながら凛はいう
「そんな風に考えたことは、なかったよ。……少し、踏み出してみようかな」
櫂兎は大きく頷いた。
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