「こんにちはー」
昼をいくぶんか過ぎた頃櫂兎は邵可邸を訪れた。中からでてきたのは予想外――いや、半ば予想はしていたが、まさかあたるとはと驚かされる人物だった。
「貴方が玖琅さん、ですね。邵可の末の弟の。初めまして、棚夏櫂兎と申します」
にこりと笑ってみせた櫂兎に、玖琅は表情かえない
「玖琅、お客様かい?……ああ、櫂兎か」
奥からひょっこり顔を出した邵可は櫂兎の顔を見とめると、中に上がるよう促した。
「玖琅、悪いけど彼をもてなしてやってくれないかな。大丈夫、僕の友人だから悪い人じゃない。櫂兎、彼が僕の末の弟だよ。紅州から来てくれてね」
「それはそれは…はるばる祝いに駆けつけてくれたとなると、秀麗ちゃんも喜ぶだろうな」
にこにこと言ってのけた櫂兎に、玖琅はぴくりと片眉上げた。彼の中で自分は姪の祝いに遠くから駆けつけたいい人らしい。何というか、少し拍子抜けした。最近つけていた影が、自分からのものだと気付いていないのだろうか?
「夕飯食べてく?」
「いや、秀麗ちゃんが帰ってきたらちょっと話してすぐ帰るからいいよ」
「そう、分かった」
玖琅の泊まる室の用意をしていた邵可は、そういってまた続きをし始めた。玖琅は暫く無言で櫂兎をみたあと、客室まで案内する。そこの机には、先程まで兄と食べていた柑子の余りが乗っていた。
「あ、茶菓子とか要らないよ。っていうかこの蜜柑食べてもいいのかな?」
図々しく先程まで兄の座っていた席に座り、彼は柑子を指差し尋ねる。玖琅は首を縦に振っては自分も椅子に座った。そして丁度良いと思い、彼を見据え言う。
「お前は何者だ」
冷たいその声に櫂兎は柑子をむいていた手を止め、目を細めた。
「棚夏櫂兎と名乗ったのだけれど」
「名がききたいんじゃない」
「……そう言われても、なぁ」
櫂兎はぽりぽりと頬をかいた。
「俺は俺だ。それ以上でもそれ以下でもそれ以前でもそれ以降でも、他の何でもない、俺は俺でしかない」
「……『王の客人』」
櫂兎の瞳が揺れた。
「『王の客人』は、お前にとっての何だ」
「……俺、だな」
玖琅は変な顔した。目の前の男はいくらなんでも、強いて言っても30代前半だろう。20代と言われたって信じる。それが、『王の客人』本人――40も遠に越した人間? あり得ない。
「あ、信じてねえな? だけども俺はそれ以上の形容の仕方を知らないぜ」
……、…。……きっとあれだ。王が授けたという書状を、何らかのかたちで継承しているのだ。そうに違いない、だから王の客人だと。
玖琅は勝手に自分の中で合点いくように解釈した。
「さて、俺は真剣に二つ答えたから、玖琅君にも二つ質問させて貰うか」
答えてくれるよな、とニカリと笑った櫂兎にそんなの認めてないと言いたいところだったが、真面目な玖琅はこちらがききっぱなしなのもどうかと思いその話をききいれた。――まあそれは、質問された後で話をきかなければよかったと思うことになるのだが
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