暗き迷宮の巫女 06
「こんなの絶対おかしいよ」


ぼやく櫂兎がいるのは、先日まで清雅の軟禁されていた邸の一室である。皇毅は清雅をどこで匿っているのかと思っていたが、なるほど、彼らにはこんな隠し家があったらしい。
事前に皇毅と打ち合わせていた時は、清雅のことは王城の一室で匿うという話になっていたはずだが。それよりも私邸を使った方が、彼らには好都合だったということか。


「貴族故、土地はある、か」


王家に縁ある一門として与えられた土地故に、売却して金子に変えることもできない。手入れにむしろ、金子は飛んで行く方だろう。それでも古い様式のこの邸がこれほど綺麗に残っているのは、この邸の持ち主の人柄故か。

(こういう、価値あるものは大事にしそうだものなあ、旺季様)

物の価値がわかる故に、自分の重荷となっていることを理解しながらも、手離せないのだ。
削り取られた柱の一角に触れた櫂兎の指先は、その跡をなぞるようにして、王家の紋を描いた。




――あの後、農主を名乗る櫂兎は、清雅の追及にあった。
米を備蓄していた理由は「有事のため」、それ以上でもそれ以下でもなかったが、清雅は疑りあれやこれやと櫂兎を取り調べた。
結局、不審な点は見つからず、その件はあっさりと収束したかに思われていたのだが。この『農主』とは別件で、櫂兎に関して判明した『彼の最近の動向』が問題だった。

櫂兎は御史台にて、皇毅の手で揉み消された件への探りをいれていたのだ。それが、清雅に露見した。
揉み消しの証拠が見つかれば、皇毅の立場を脅かす材料となる。櫂兎のこの行動は、清雅から皇毅へと伝えられ、結果、このように対策をとられた、というわけだ。
櫂兎は今、この邸と仕事場のみを行き来する生活を余儀なくされていた。


「ああ……俺の馬鹿、セーガ君って、長官の身内筆頭のようなものじゃん」


どうしてそれを忘れていたのか。女装の一件で味方してくれただけに、つい、仲間意識のようなものを櫂兎は抱いてしまっていた。
彼に対して、櫂兎が油断していたことは否めない。原作では彼がその怪我で行動を取れない時期、その怪我を防いだことによる変化にまで、配慮が足りていなかったといえる。

実のところ、既に櫂兎は皇毅を事件揉み消しの件で起訴できるだけの証拠を得ていた。揉み消すことで、本来御史台の果たすべき仕事を放棄している――「王の官吏」であるべきはずの御史台が、王命に背いていると拡大解釈してしまえば、彼を御史台長官という地位から追い落とす理由に足るだろう。
……櫂兎は、別に彼を追い落としたいのではない。本来なら、これを材料に、彼に交渉を持ちかけたかった。脅しにも近いやり方だが、彼の地位を脅かす材料を盾に、ある提案をするつもりだったのだ。

(俺がもう、証拠を掴んでいることが、ばれてなければよかったんだけどなぁ……)

櫂兎が証拠を掴んだとの確信を、長官が得ているかは不明だが、仕事場で必ず見張りをつけられているあたり、疑いは確実にかかってしまっている。その証拠を保管している場所に櫂兎が行かないかを探っているのだ。隠し場所が露見してしまえば、櫂兎の集めた証拠も処分されてしまうことだろう。


外部に助けを求めるか? 浮かぶ考えを、櫂兎はすぐさま打ち消す。下手な相手を巻き込んでは、余計に被害を広げることになる。
だいたい、何と言って助けを求めればいいのか。口にできないことが多すぎる。何かを切り捨てるならば話は簡単だったが、それをしないために、櫂兎は奮闘しているのだ。
つまり、櫂兎は自力で切り抜けるしかない。眉間を揉みながら、櫂兎はこれからのことを思考した。

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空中三回転半宙返り土下座
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