暗き迷宮の巫女 04
御史台長官室に入ってきた人物が櫂兎だと分かって一拍。皇毅はその鋭い瞳を更に細め、榛蘇芳から入った情報を伝えた。


「紅秀麗が失踪した」


櫂兎がぱちりと瞬きをする。畳みかけるように、皇毅は言った。


「さて、申し開きはあるか」

「えっ、何ですか。私がさも彼女を攫ったみたいに」

「成程。攫ったのか」

「いやいや、いやいや」


櫂兎は慌てて否定する。冤罪である。いたいけな少年に「YOU、攫っちゃいなよー」と教唆はしたかもしれないが。
皇毅は相変わらずの仏頂面であった。櫂兎は、彼が自分をからかっているのか、本気で疑って言っているのか分からない。


「誤解ですよ、長官。この数か月、誠心誠意お仕えしてきた部下を疑いますか」

「笑わせるな」


いや、貴方一切笑ってないじゃないですか、とは櫂兎も口にしない。櫂兎は彼の部下ではあったが、彼に仕えていたわけではない。……そのことを、彼も理解していたのだろう。


「紅家の経済封鎖も解かれました。今や勅使を派遣する理由はありません」

「今はお前に、紅秀麗失踪への関与を問うている。任務の責任義務を議論する場ではない」

「紅秀麗の失踪は、私が企てたことではありません」


皇毅の目が、暗に関与だけならばしたんだろうと言っていたが、櫂兎はそ知らぬふりをする。櫂兎が核心を口にしないので、これ以上は時間の無駄かと皇毅は話を切り上げ、代わりに指示を下した。




――王の求婚から逃れるべく、紅秀麗が失踪した。
そのような噂が朝廷で流れ始めたのは半月程前からのことだ。はじめは、秀麗が失踪したというそれだけの話だったのだが、失踪理由としていつの間にやらそんな話が付属していた。
秀麗を正妃として迎えようという話は、紅家当主・紅邵可の貴陽到着により断行されたものの、一度は固まっていた上、未だ朝廷内には秀麗――“紅家当主の娘”を正妃に据えようという動きがあるのも事実。行方の分からぬ彼女について、紅家当主が娘可愛さに彼女を隠しているのではないか、などという噂まであった。

(まあ、噂の仕掛け人は御史台なんだけど)

更にいえば、主導は皇毅である。櫂兎が皇毅から受けた指示も、これに関したものだった。

(長官は、御史台の失態を王へのネガティブキャンペーンに変えるつもりだったようだけど……)

好いた女性に男としても王としても逃げられた劉輝に、同情票が集まっているのが現状である。

櫂兎は思わず、既に燃やしてしまった『さいうんこくげんさく』を捜して、懐を探った。もちろん、見つかるはずもない。
癖になってしまっていた己の動作に、櫂兎は苦笑した。なまじ似通った流れであるだけに、その相違点をつい確認したくなってしまった。気にしないと決めたのに、これは反省ものである。とはいえ、王サマは不憫枠からは逃れられないとでも言わんばかりの、こう予定調和じみたものを感じとってしまっては、気にもしたくなる。


そうしていたところで、門の先に待ち人の姿が見えた。櫂兎は思わず笑みを零し、足取りも軽く、彼へと声を掛けに行く。


「おかえり、タンタン君」

「げ」


櫂兎の姿をみとめた蘇芳は、思い切りに引きつった顔をした。思わぬ反応に、櫂兎が目をぱちくりさせる。
蘇芳は如何にも関わり合いたくないという様子で、櫂兎とある程度距離をとる。それから、懐から文を取り出し、櫂兎へ差し出した。
櫂兎が受け取れば、秀麗からだと付け加えられる。納得したように一つ頷き、秀麗からの文を懐に入れた櫂兎に、蘇芳は疲れの滲む声で愚痴るように言った。


「あんたの手の平の上って感じがするわ。こわ…」

「俺には、タンタン君に何でそんなに怖がられてるのか よく分からないんだけど」

「むしろ何で怖がられてないと思ったの?」

「ひどい」


櫂兎が落ち込んだように眉を下げるが、蘇芳に気にする素振りはない。
秀麗が櫂兎に信頼を寄せていることも、彼が味方であるらしいことも、蘇芳には分かっていたが、父親への差し入れの件に秀麗の身体の件。まるで予め何が起きるかを知っているかの如くに櫂兎が動くのだ。これで怖がらないという方がおかしい。
彼が黒幕だというのなら、ある意味安心できたのだろう。それほどに、出来すぎている。だというのに、彼が仕組んだ節はない。そも、彼には仕組む利もない。蘇芳にとって櫂兎は、常人には見えない何かを見ている、そんなトンデモな存在だった。己の渡した秀麗の文の内容も、彼には読まずとも分かるに違いない。ぶっちゃけて関わり合いたくない。

蘇芳がそう感じていることも知らぬ櫂兎は、皇毅への報告のため逃げるように去る蘇芳を名残惜しそうに見送った。

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空中三回転半宙返り土下座
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