白虹は琥珀にとらわれる 43
紅秀麗が勅使として、紅州へ向かわせられることが決定して数日。
秀麗の後宮入りの話題が、会議に上がりだすもまだ、本人への打診も何も劉輝が行動にでないでいるうちに、秀麗は紅州へと発った。共に行くのは、燕青、リオウ、そして途中合流予定の蘇芳だ。

……秀麗の、後宮入りは。劉輝が王として持てる数少ない一手で。
彼女の紅州行きが、秀麗の官吏としての最後の仕事になってしまうかもしれない。そのことに、劉輝は苦悩して、けれど――。

ふと、手燭の灯がひとつ浮かぶのが見えて。劉輝は府庫奥の定位置から、腰を上げた。


「櫂兎?」

「こんばんは、陛下」


最近、やけによく会うなとは思っていたが、こんな時間に会うとも思わず劉輝が少し驚く。


「こんばんは、だ。こう毎日偶然会っていると、こうして会うのも偶然でないような気がしてくるな」

「偶然の連続は必然というものですか、詩的ですね。けれども今夜は、本当に偶然ですよ。たまたまです」

「……その言い方では、今夜のほかはさも偶然でなかったように聞こえるのだが」

「さて、どうでしょう」


はぐらかすように櫂兎は言うが、劉輝はそれで偶然ではなかったのだと悟った。劉輝の時間が空いたころに、どこからともなくやってきて、まるで劉輝の隙間を埋めるように、話をしては去っていく。偶然にして片づけるには、少し出来過ぎていた。
劉輝は、彼に話を聞いてもらうことも、彼の話を聞くことも好きだった。彼との話は楽しい。その楽しい話を思い返して、ふと、このところの彼の言動は、まるで時間稼ぎでもするように劉輝との会話を続けていたと気付く。――時間稼ぎ。


「……まさか、秀麗と余を会わせたくなかった、か?」

「会えば陛下は、彼女にお話しなさるつもりだったでしょう?」


劉輝が目を見開く。そういえば秀麗は、櫂兎にせっつかれ追い出されるようにして貴陽を出ていたと報告が来ていた。櫂兎がそんなことをするとも思わず、そんな奇妙な報告に劉輝は首を傾げていたのだが。
事実だったのか、と、そこまで思ったところで、劉輝はまた、立ち止まるように考える。彼は、劉輝と秀麗が出会わぬ状況を作ろうとしていた。それは、何のため?


「陛下のお立場を思いますれば、私のこれは要らぬ節介。けれどももう暫くだけ、その決断はお待ち頂きたく存じます。ひと月もせず、朗報があることでしょう」


その『朗報』が何なのか、劉輝が理解したのは『紅家当主』が謝罪に来た日の事だった。






「そうですか。櫂兎が」


娘の後宮入りを止めるのに己の友人が暗躍していたと聞き、邵可はこくと頷いた。一方の劉輝は櫂兎に感謝しつつも、邵可の義理の息子という立場を惜しく思った。いや、まだ諦めるには早い! むしろ秀麗との約束――『桜が咲くまで』――を違えずに済みそうだというので劉輝は、これは何が何でも桜が咲くまでに、と恋に燃えた。その前に、王としての立場の問題が山ほどあったが。


「それでは、娘はまだ御史台に?」

「いや、」


劉輝が、秀麗が勅使として紅本家へ既に発ったこと、邵可と入れ違いになってしまったであろうことを告げると、邵可はその顔から一切の表情を消した。そして言う、入れ違いなど起きるはずがないことを。
二人が表情を硬くしたそこに、静蘭が緊迫した様子で駆け込んできては、その伝令からの報告内容を告げる。

それは、秀麗とリオウの二人が、忽然と消息を絶ったという報告だった。





(黒蝶は檻に囚われる・終)


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空中三回転半宙返り土下座
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