白虹は琥珀にとらわれる 21
皇毅の『許可』に、櫂兎は嬉しさで胸が占められた。ほんの少しだけ、彼との関係も良好になったような気がするのは気のせいだろうか。


「随分な喜びようだな」

「ええ。貴方の副官らしいことが、ようやくできそうだな、と。以前はさせて頂けるにしても予定管理くらいでしたから。
……吏部にいた頃、付き人をよく雑用係呼ばわりされましたけれども、それは補佐職として正しい在り方ではあったんですよ。
上司が本来の仕事に専念できるよう、雑用を引き受けるのが、補佐職の仕事です」

「お前の仕事は補佐だけではないがな」

「ええ。暇してる方がおかしいくらいです。しかし、私を遠ざけたのは、やはりそこに関わらせないためでしたか」


にっこりと櫂兎は笑顔を浮かべる。……“やはり”なんて言葉を使いはしたが、黎深の件は正直なところ、候補にすらいれていなかった。遠ざけられている云々も、貘馬木から皇毅がよそよそしいときいてから考えたことであり、それまでの櫂兎は、単純にお休みがもらえたと呑気に喜んでいた。そんなことはおくびにも出さず、櫂兎は笑顔を崩さない。
ともかく、華蓮の件が尾を引いているであるとか、櫂兎本人が嫌われているとかでなかったことは櫂兎にとっての朗報だった。


「今回ばかりは、何もしないという風にお伝えしていたつもりだったのですけれども」

「紅黎深を見捨てるのか」

「辞めたがっている人間を放っておくことの、どこが『見捨てる』ことなのやら」


遠回しに、拾うつもりもないと、本当に関わる気のないことを櫂兎が告げると、皇毅は満足げにフンと笑った。







空が白み出す頃に帰ってきたかと思えば、「一気にやることが増えた」などという櫂兎の報告に、起きぬけの貘馬木はまぶたをこすりながら「馬鹿じゃねーの」と呟いた。

夕飯は櫂兎が帰ってこなかったので食べなかったという貘馬木のため、いつもよりも早い時間に櫂兎は朝食の用意をする。卵焼きの焼ける香りと漂う味噌汁の匂いにつられたのか、廚房まで顔を出した貘馬木は櫂兎を急かし、待ちきれないからと先に白米と味噌汁を茶碗についで出て行った。
櫂兎がおかずを出しにいく頃には、味噌汁の茶碗は空に、白米も残り半分ほどになっていた。


「きたきた〜!」


真っ先に彼が箸を伸ばしたのは、茄子のおひたしだ。本当に、随分と気に入ったらしい。


「お味噌汁、お代わりいります?」

「いるぅ〜」


この様子ならあと何杯か飲む気だろうと、櫂兎は鍋ごと味噌汁を持っていくことにする。廚房に行った際に、自分の食事を準備するのも忘れない。戻ってきた櫂兎は、貘馬木に味噌汁をついでから彼の向かいの席に座り、箸を手にとった。
暫く食事に夢中になっていた貘馬木が、思い出したように叫んだ。


「やることが増えたってなに!? 帰ってきたのも朝だしさ!」

「副官として、本格的に長官の補佐をすることにしまして」

「何なのォ…お前、仕事中毒なの? むっしゅーお兄さん、そんな棚夏知らないよ? 定時上がりに定評のあった棚夏はどこにいっちゃったの?」


空になった茶碗を櫂兎に渡して貘馬木が問う。櫂兎は、もう三杯目になった味噌汁のお代わりを注いで貘馬木に手渡した。


「忙しそうにしてたり頑張ってたりする人見てたら、放っておけなくてですね…」

「吏部の時は放ってたじゃんおまえー」

「そりゃ、下っ端でしたし、与えられたものこなすことを求められてた時期ですし? 他人の仕事まで奪うわけにはいきませんでしたから。
でも、あれですよ。貘馬木殿が辞められてからですね、俺も結構、他の人の手伝い? みたいなこと、するようになったんですよ」

「へー、ふーん? ほーぉ」


貘馬木が、にやにやと、いつもの笑顔を更に深める。特に何も言葉にするわけでもなく、人の悪い笑みのまま味噌汁を啜る貘馬木に、櫂兎は頬を引きつらせた。


「なに笑ってんですか」

「べっつにー」


貘馬木は茄子のおひたしを最後に美味しそうに頬張って、綺麗に空になった食器の前で手をあわせた。


「ごちそーさん」

「おそまつさまでした」

「さって、と。これ片付け終わったら帰るわ」


よっこいしょ、などと言って立ち上がった彼は食器を持って廚房へと行く。櫂兎も洗い物を手伝うべく、空になった皿を持って彼の後に続いた。

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空中三回転半宙返り土下座
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