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目前に広がる空と湖の二つの青。快晴そのものの青い空を映す湖は、いつもに増して青いきらめきを放っている。
現在地の屋上には鳩が何羽かいるばかりで、珍しく他には誰もいない。
俺はその景色の美しさを独り占めしていた。いいタイミングでやって来たものだと、自然と口元が綻ぶ。
屋上は好きだ。
高いところが好きってわけじゃない。多分、あまり人が来ないからだと思う。一人が好きなわけじゃないが、たまに誰にも会いたくないときもある。
ただし、どんなに景色が綺麗だろうと、それを独り占めしようと、こうして誰もいないところで一人になると思い出すのは、彼女のことばかりだ。
茶色い髪と赤いマントを翻し、華奢な体で国のために戦っていた姿。そして、自分を呼ぶ声。そのすべてが愛しい彼女。
最後に会ったのはいつだったか。彼女のすべてが少しずつ薄れつつあるほどには前のことだ。
それなのに、彼女の死を見届けたわけではない自分は、どこかで彼女を生かし続けているのだ。またいつか、何事もなかったかのように、あの声が聞けるのではないかと。そしてありえないことだと思い直して、虚しさに打ちひしがれる。
それを繰り返す日々が終わる日はくるのだろうか。間違いなく、もうすぐ生きていた頃の彼女は消えてしまう。記憶に残るのは彼女の名前と失った痛みばかりで、自分は一体何をすればいいのだろう。
死者は天に昇ると言われている。
彼女の亡骸は地下水道に流されたと聞いた。
普通、死者は墓に入れられて弔われるものだ。
ならばあの愛しい人はどこにいるのだろうか。陸に墓はなく、水に沈められた体は失われ、魂は天に昇れずトランの英雄の紋章に喰われたと聞く。
それがわかれば、いなくなったという証拠すら残せずに逝ってしまった彼女の死を受け入れられるかもしれないのに。
空と湖の青いきらめきは彼女の瞳のようで、痛みだけが存在を主張した。