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ぼくに迫る蟹の鋏。うわ、大きいな、とかいう感想の前に、危険だと第六感が告げる。でも避け切れそうになかった。視界には蟹の鋏しかない。
あぁ、こんなとこで死ぬくらいなら、身代わり地蔵でも持っておけばよかったな。テッドや父さんやオデッサやマッシュや母さんには会えるだろうか。
いろいろと覚悟をして身構えたら、横から何かに包み込まれた。
間一髪とはこのことで、「それ」と一緒に横にふっ飛んだ。
「サガ、大丈夫!?」
「それ」からはベルドアールの声がした。ということは、ぼくはこいつに庇われたのか。
ぼくの口は言葉を発さず、開きっぱなしだった。この状況を把握しきれないというか、認めたくなかった。蟹に挟まれてたやつに庇われたなんて……!
「蟹がサガに気づいたときに緩んだから抜け出したんだ。頭打たないようにしたけど、平気? 傷もないみたいだね。……よかったぁ」
心底ホッとした顔をされると、礼を言わなくては、と思う。でも、蟹に……。
ぼくがいろいろと煩悶して俯いていると、
「どうかした? まさか、ぼくのこと見直してくれた!?」
またこういうこと言うから! ……ここで返事をしたら負けな気がする。
だが、ぼくは助けられたという恩義に何も言わないことをよしとはない。しかし、こんなやつに感謝の言葉を発することがどれだけ難しいか――
「――おい、そこの二人。いつまでも絡み合っているな」
ぼくとベルドアール以外の声がした。これもわりと聞きなれているもの。
慌てて立ち上がって声の主を探すと、赤い鉢巻に黒い服――フレイだった。
「まったく、こんな蟹一匹に手こずって……」
言外に、素手で倒すのが普通、と言われているような気になるのがこの男の力である。
フレイは言葉通り、双剣を抜いて一振りで解体した。レストランでやればいい、巨大蟹の解体ショー。金取れる。
「……人間、百五十歳超えたらあんなになれるのかなぁ?」
「もはやあれは人間として扱っていいのか……?」
すっかりパーツに分けられた蟹が、少し可哀想だった。