***


今は遠くにいるであろう彼に想いを何度も馳せて、その想いを何度も忘れようとしたのはここ最近の話ではない。近付きすぎた結果、離れすぎた結果。
弱い彼女が犯した罪は、彼を深く傷つけてしまったと思い続けている。


雪が降り続け春が来ない街、その街の裏路地に彼女の家がある。部屋の中は必要最低限の家具と仕事道具、設計図、細かな部品が所狭しと置かれて鼻をつくのは機械油の独特の匂い。
布のこすれる音と共に部屋に入ってきた気配は主を見てため息をつく。

(まだ寝てる…)

彼女がこの時間まで寝ていることは珍しくない。昼夜逆転の生活になることもあれば、そうならないこともある。
日によって、月によって大差はあるものの彼女が造り出した機鋼人形たちはいつ倒れるか心配してたまらない。この街に来る前までは、彼女の上司や同僚によって生活習慣が整えられていたのに、離れればこうも駄目になるのか。

「そろそろ起きなきゃ、今日はお客さんが来るんでしょ」
「…あと、…十、日」
「寝すぎだから、起きてってば」

冗談にも本気にも捉えられる寝言に眉間に皺が寄る。簡単な朝食兼昼食をSS-04.が作って待っているというのに、仕方ないと身体を震わせ彼女に飛び乗った。
間抜けな声を出して瞼が振るえ、ゆるゆると開かれた漆黒に映る自らの姿。灰色に近い白い毛並みの、猫。
それを見るなり、彼女は目を見開いて身体を起こした。

「…っ!!!? ……っあ、え!?」
「残念だけど、“あいつ”じゃないからな」
「や、でも毛のい…、え? え…?」

取り乱している彼女の口に肉球を押し当てやれやれと首を振れば今の今まで気がつかなかった、気付いていなかった仄かに赤いそこ。ただジッと見つめていれば耐え切れなくなったのかそらされる目線。
あぁ、彼女はまた、彼を想って泣いたのか。

「さっきWS-01.に石炭の粉かけられて、ある程度の影響が出ないくらいは払ったけどあとで見てくれる?」
「う、ん…」

消え入りそうで肯定の声をもらした彼女から降り立ち、ゆっくり部屋の扉に向かう。もし自分が彼女と同じ人間なら。
彼を想い流した泪の数だけキスをしようと思うのに。
泪の数だけキスをしよう

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