***


その二人の関係は“雇ったものと雇われたもの”、さらに詳しく書けば“主人とメイド”と言った関係。けれどいつからか、この二人の関係は音を立てず静かに崩れ始めた。
恐ろしいくらい綺麗で儚い、満月の夜を境に。


聖なる夜に行われた大きな夜会も終わり、一段落しているときに呼び出し用の鈴が部屋に鳴ったのは少し前。足早に部屋に向かい、そこで彼女が見たのは少しばかりアルコールの香りがする、主人で。
側にあったグラスに入る琥珀色の液体を見遣れば、小さくため息をついた。

「酒の弱い人間が、ウィスキー…。それも、ストレートで大量に飲むなんて馬鹿じゃないんですか?」
「…ちょっとくらい心配して、優しい言葉の一つや二つ、」
「自業自得です」

告げられたそれに彼は小さく苦笑いを浮かべて頭を抱えた。元々此処まで量を飲むつもりは無かった、それが自然と量が増えて増えて今に至るらしい。
『主人との恋愛なんてくだらない』、それは夜会の場で偶然耳にしたもので。側にいた友人には聞こえていなかったようで、見ていなかったようで安心した。
自分の顔が、酷く歪んで目の奥が熱くなっていたから。と、そこまで考えを巡らせコップを片付けていれば空気が揺らいだ。

「――…、好きなやつ、いる?」

空に溶けたそれを耳にして過剰なくらい体が揺れて、悟る。ただの興味本位で聞いただろうそれに此処まで反応すると思っていなくて目を見開いてた。
彼がソファーから立ち上がり一歩、また一歩と彼女のほうに足を進めれば彼女は一歩、また一歩と扉のほうへと後退る。その繰り返しをしたくないのか伸びた手が腕を掴み、細身が彼の胸へと引き込まれた。

「なぜ、それを…?」
「何となく、で…。片付いたら片付いたで、此処にいて」
「仕事があるのですが、」

震える声で問うもはぐらかされたような応えにどうして対応して良いのか。頭上から聞こえる彼の声に心臓は早鐘のように音を立てて鳴り、顔にその熱が集まってくる。
彼の姿を見ないように、彼の声を聞かないように、彼の体温を感じないように、彼への想いを…。自らの全てに蓋をしようとすれば、彼の姿が、声が、体温が邪魔をする。

「目が覚めた時には、側に居て」

耳元で聞こえた、掠れ、真剣な声音で囁かれたそれに変な声を上げてしまうも身体に凭れかかった温もりに力が抜け、崩れ落ちた。ただ、忠誠心というものが残っていたからか彼に負担が掛からないようにゆっくりとだが。
今になってそんなことを言わないで、勘違いをしてしまう。
言葉の真意がわからず混乱する頭をよそに彼女はただ眠りに落ちた彼の頭を撫で、窓の外を見つめた。雲ひとつ無い、恐ろしく綺麗で儚い、彼の瞳と同じ色の満月が静かに二人を見つめていた。
目覚めた時には側に居て

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