キャラメルを口に放り込んで、宿舎の、自室のベッドに倒れこんだ。疲労感が全身を、特に足を重点的に這いまわる。真・帝国にいた時も女子選抜の時も厳しい練習には耐えてきたが、練習後の気だるさと、寝転がった瞬間に襲ってくる睡魔が、なんとなく好きではなかった。そのまま寝られれば楽だが、風呂と夕食が待っている。

『考えろって言われても、この気持ちは変わりません』

 練習が終わってすぐ、音無があたしの所へ駆け寄ってきた。今日の皆のコンディションや、フォーメーションや連携の確認など、それは日頃やっていた打ち合わせでもある。他のメンバーが宿舎へ向かう中、夕陽に包まれたグラウンドに二人だけで残って反省会をする。その時だ。

『わたし、小鳥遊さんのことが好きです、たぶん』

 いきなりだった。正直、その時の音無は熱でもあるのかと思った。本当に突然だったから。自分の耳を疑って、訊き直した。

『……は?』
『だから、小鳥遊さんのことが好きかもしれないんです』

 好き。どういうことだ。同じプレイヤーとして敬意を含んだ好きなのか、それとも、男と女のそれなのか。前者だろう、そう思った。普通ならばそう思うだろう。音無は同じ性別だ、友情以上の感情が生まれることはない。面と向かって言われると照れる。実際、照れた。

「あーあ……」

 口の中のキャラメルの存在を忘れていた。内頬に付きかけていたのを舌で転がすと、甘ったるい匂いが鼻につく。わざと歯にぶつけて音を立てる。カラ、コロ、軽快な音が静かな部屋に響く。


 目を瞑って、数十分前のできごとを思い出す。夕焼けでオレンジ色に染まったグラウンドとベンチ、あたしの背の方向に宿舎、対峙する音無は沈みかけの太陽の光を背に浴びて、煌めいていた。

「なっ、今さら、しかも今、面と向かって言わなくてもいいだろ。それに年下のあんたが年上のあたしに、建前でも敬意を払うのは当たり前だ」
「もう、小鳥遊さんってば。人が真剣に告白してるっていうのに!もちろん小鳥遊さんは尊敬してますけど、それを含めて小鳥遊さんのことが好きなんです!恋なんです!」

 音無はまっすぐあたしを見据えていた。あの視線を知っている、サッカーをしている時の真剣な眼差しがあたしを貫く。こいつは本気だ、本気で――
 そうだとしても、あたしはできる限り冷静に音無に尋ねた。

「……なら、たぶんだのかもしれないだの、なんで曖昧にした。あんたも馬鹿じゃないんだし、自分の気持ちぐらい分かんだろ?よく考えな」
「そうなんですけど……」

 音無は少しうつむいて、頭を掻いた。兄譲りのマントがばたばたとはためく。太陽は完全に沈んで、今はグラウンドの照明があたしたちを照らしていた。あたしも音無もこの後に夕食を控えている。チームメイトを待たせてはいけない。少し苛立ってしまった。
 それきり動こうとも喋ろうともしない、うなだれて黙り込む音無の手を掴んで、「行くよ!」と引っ張って歩き出した。「え、ちょっ小鳥遊さん!」慌てた声が聞こえた。

「メシ食って風呂入って頭冷やしな。本当にあたしのことが好きなら、曖昧な言葉つけないのがフツーだ」
「……はい」

 宿舎に入って階段を駆け上がった。掴んでいる音無の手が温かい。そういう自分も、体温が上がっている。自室が並ぶ廊下まで来て、手を離した。音無の身体が一瞬だけ強張った。音無の顔を見ることができない。
「答えは待っててやるから」ぽん、と眼鏡を載せた頭を軽く叩いた。微かに、「考えろと言われても、この気持ちは変わりません」そう聞こえた。涙声だった。



 あいつが抱いているのは恋愛感情ではない。あたしだって恋とか愛とかを偉そうに語るような立場でもないし、経験もそんなにない。それでも、人を好きになる、ましてや同性を好きになるなんて、一時の気の迷いでなければ有り得ない、そう思っている。偏見はないんだけど。
 憧れ。きっとそうだ。少女漫画とかによくある、後輩が先輩に憧れるアレだ。そう決めつけても、自分の中にある形象しがたい、もやもやした感じは一体なんなんだ。苛々する。
 目を開けて、半身だけ起き上った。キャラメルは大きさを保ったままだったが、力を入れて噛み砕こうとする。ぐにゃりと形を変えたそれは、奥歯の凸凹の隙間にくっついてしまった。

「ちくしょう……」


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