冬の水道から出る水は、冷たい。ひやりと手を打ちつけて肌の色を赤に変えてしまう。
マネージャーの仕事も終わりで、そろそろ終礼の時間。汚れた手を洗わなければならないのが苦痛。
石鹸で泡を立ててまんべんなく菌を殺していく。風が、冬のキンと冷たい風がその間に吹き付けて濡れた泡だらけの手をさらに冷やす。
水で泡を洗い流していく。バシャバシャと音がする。この作業が一番冷た痛くて思わず眉をしかめた。
完全に泡を落として栓を閉める。自分の手を見ると真っ赤で、冷たさを強調していた。


「どうぞ、使ってください」
隣を見ると、白いタオルを差し出して微笑む音無さんがいた。既に手を洗い終わったみたい。
「ありがとう」
それを受け取り、手に付いた水滴を拭い去った。幾分かタオルが温かいのは、もしかすると音無さんの温もりかもしれない。

「秋さん、手が真っ赤じゃないですか!?」
ガチガチに凍えた私の手は、赤いだけじゃなく震えも起きていて寒いと何度も主張している。痛い。
「あぁ、これくらい平気よ」
こういう所で強がってしまう私は多分、迷惑や心配をかけたくない一心なんだと自己解決する。

でも、そんなフェイクは音無さんには通用しないみたいね。


「わあ、秋さんの爪って綺麗ですね!」
おもむろに彼女は私の両手を取り、爪を眺めた。いきなりの出来事に驚きが隠せない。
「へっ?爪?」
「はい、綺麗な卵型の女爪です。私は爪が小さくて男っぽいので羨ましいです。何か手入れとかされてるんですか?」
言われてみれば確かに卵のようだ。対して音無さんのは小さく、白い部分を全て切ってある。
「いいえ、何も」
首を横に振ると、音無さんは憧憬のような溜め息を洩らした。
「羨ましいです……」
そう言って私の手を丁寧に撫でると、指と指の間に音無さんが指を入れてきた。手を握り合うような形になる。
音無さんの手は温かくて心がドクドクと脈打つ。血の巡りが活動を再開し、徐々に顔が熱ってくる。


「だいぶ温かくなりましたね。秋さんの手」
悪戯っぽい笑いをした音無さん。爪の話はきっかけで、手を握るのが目的だったみたい。私の嘘はとっくにバレていて、冷えきった私の手を温めてくれた。
「ありがとね、音無さん」
私がそう言った直後、音無さんは手を離そうとした。

それを私がぎゅっと握って止めた。

「ねぇ、音無さん。もう少しこうしてたいな」
ふふふ、と彼女は笑って私を見つめた。
「終礼、始まっちゃいますよ」
彼女は手を繋いだそのまま皆が集まっている方向へと走り始めた。私は引っ張られる。



終礼の間、音無さんは私の手を離さずに背中で隠していた。ドキドキが鳴り止まない。




終礼も終わり、帰宅時間。
まだ私と音無さんは手を離していない。
「離すの、勿体無いですね」
音無さんは名残惜しげに二人の繋がれている手を見ている。私も同じようにそれを見た。
指と指の間に指が絡まっている。いわゆる恋人繋ぎ。
「今日一緒に帰ってもいいですか?」
「うん。私も今そう言おうと思ったの」
目線を音無さんの瞳に移すと、彼女の目線も私の瞳に向けられていた。

もうしばらくこうしていられる。すごく嬉しくて思わずにやけてしまう。

握られた手を見る。音無さんの手に温められてもう赤くはない。

私は明日も冷水で手を洗うことを決意した。



------
少女花宅のHanaさまより、10000hitのリクエストで書いて頂きました!かわいい春秋をありがとうございます!寒い日に触れ合って暖を取るシチュエーションが大好きで、読んでいて心がほっこりしました。
改めて10000hitおめでとうございました!

back