▼告白は風に乗って


 穏やかな春風が吹く中、河川敷を二人でのんびり歩いている。街へ出てお茶してきたが、お店が混んできて居座るのも申し訳ないのでお勘定をして、話ながら適当に歩いていたら、河川敷まで来てしまった。
 一緒にいるだけで話が尽きない、っていうのも、ささやかだけれど幸せなのかもしれない。授業や友達の話をして、部活の話をして。それでも次から次へと話題が出てくる。冬花さんと、ずっと一緒にいた方が、良いんじゃないかっていうくらいには。
 ふと急に、冬花さんが土手の斜面を気をつけて下りていった。わたしも後に続いて、重心をコントロールしながら下りる。冬花さんの足元には、鮮やかな黄色の花が群れている。その中にぽつぽつと、白く丸い綿毛が混ざっている。

「たんぽぽかぁ、最近忙しくて、久しぶりに見た気がする」
「かわいいですよね。色々種類はあるみたいなんですが、いまいちどれが何なのかよく分からなくて」
「セイヨウとか、カントウとか、地名がついてるのはあるけど、でもわたしも分からないや」
「そうそう、茎を折った時に出る白い液体、あれ、乳液というそうです」

 冬花さんは静かに足元にあるたんぽぽの、鮮やかな黄色の花ではなく、綿毛を付けている茎を手折った。綺麗な球体をしたそれは、冬花さんの動作の反動で軽く揺れたが種を落とすことはなかった。
 綿毛を飛ばすのかな、と一瞬身構えてしまった。しかし冬花さんは特に動く様子もない。
 首を少し垂れてたんぽぽに微笑む冬花さんは、一枚の絵であるかのような光景だった。藤色の髪とたんぽぽの綿毛にやわらかい太陽の光が吸い込む。きれいだな、冬花さん、見惚れていると視線に気づいたのか冬花さんがこちらに向き直った。驚きと恥ずかしさで顔の温度が上がっていく。冬花さんも照れ笑いを浮かべている。

「ご、ごめんなさい!思わず見とれちゃって」
「そんな、私こそなんだか、ごめんなさい」
「冬花さんは悪くないよ!」
「秋さんだって、悪くないですよ」

 しばらく謝罪の応酬をしていたけれど、お互いにばかばかしくなって、たまらなくて笑い出してしまった。二人でひとしきり笑った後、冬花さんは持っていた綿毛に視線を移す。

「たんぽぽを見るたび、すごい生命力だなって思うんです。毎年、だいたい同じ場所に花が咲くし、綿毛は風に乗って、新しい土地に降りて芽吹く」
「力強いよね。綿毛の行き先は風任せだし、どこに落ちるかも分からないのに。コンクリートの隙間から出てきたりして」

 愛おしげに綿毛を見つめて、冬花さんは自分の口と同じ高さまで綿毛を持ってきた。
 下ろしていた両手を、自分の耳に持っていくか迷った行き場を失った手はぎこちなく身体の横にいて、わたしの動きに気付いた冬花さんは、息を吹こうとするのを止める。

「秋さん、どうしたの?」
「え、だって、冬花さん綿毛飛ばすんじゃないの?」
「はい。でも、秋さん少し困った顔してる」

 首を傾げる冬花さんは、綿毛を吹くことに何も抵抗がないようだった。ひとりだけ身構えて硬直していたので、ふつふつと恥ずかしさがこみ上げてきた。

「たんぽぽの綿毛が耳に入ると、耳が聞こえなくなるって話……」
「私も聞いたことあります。小学校低学年の時だかに、クラスの子に言われました」
「噂とか、他愛も無いことだと思うんだけどね。あの話、わたし真面目に信じちゃって。今でもちょっと怖いな、って思うことがあるの」

 冬花さんは真剣に聞いていた。くだらない、と思う人だっているだろうに。「大丈夫ですよ、秋さんの方に行かないようにします」、冬花さんのことだからちゃんとしてくれるだろう。そういう噂を聞いても人に向けて吹く男子はいたし、成長するにつれて道端のたんぽぽに意識を向けない。わたしが敏感になりすぎているだけだった。

「もし、もしも秋さんの耳が聞こえなくなっても、私が傍にいるから大丈夫です」
「もう、そんな恐ろしいこと言わないで」
「いきますよ、耳、塞いでてください」
「えっ!」

 言われて反射的に耳を隠すと、冬花さんは一度振り向いて、口パクで何かを喋った。発声されなかった言葉だけれど、いつも冬花さんがわたしに言う、わたしを大切に思っているんだな、と感じさせてくれる言葉だった。突然の告白に息を飲んだ。次の瞬間には綿毛たちは旅立ち始めていた。
 小さいミラーボールは、冬花さんの吐息と春風に吹かれふわふわと崩れていった。綿毛は散り散りになって鮮やかさを増す空へと消えていく。その様子を、二人して照れ笑いしながら見守っている。


▼ごぞろぷさまへ
片思いもいいですけど友だち以上の冬秋もいいですよね全力同意です…!
暗いのもちょいちょい書いていきたいです!
リクエストありがとうございました!
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