・のせ←リカ←塔子気味
▼悪夢にさよなら


 夢を見ていたのは果たして誰だったのか。将来としての夢と、眠っている時に見る夢が混合したのは、いつだったか。考えては何度も諦めた。自分でも心配になるくらい、始まりの記憶が焼けおちてしまっている。
 夢の中の自分はきらびやかな服を着て、恋焦がれる彼女の背中を追っている。そういう彼女も走りにくそうなドレスを身にまとっている。走りながら一瞬でも「届かない」と思えば、魔法はとけ夢は覚めてしまう。

「塔子らしいわ」
「あたしらしいか?」
「うん。相手が誰であれ、追おうとアクションしてんのがな。これで好きな人が誰か教えてくれたらありがたいんやけど」
「それは秘密、……うーん、あたしはリカっぽいと思ったんだけどな」

 リカの方をチラと見ると、困ったように黙って苦笑を浮かべていた。塔子はリカのこの笑みが好きではなかった。この苦笑いの理由を作らせる理由を、心の中で嫌った。

(あいつのことは嫌いじゃないんだけどな、一緒にサッカーやってて楽しいし……)

 みんなどうしようもないんだ。諦観したように思うことが増えた。本当に諦めきれたらこんな思いもしなくてすむのに。……。
 日を増すごとに、塔子のリカへの想いは募っていった。恋をしている、と自覚しない頃の方が気持ちが楽だったと、今更になって感じている。恋だと気付いて、同時にリカが彼に抱く感情も知ってしまった。

「塔子も気に病むことあんねんな」
「な、どーいう意味だよ」

 塔子の問いにリカは答えず、道端の石を蹴った。強い力を与えられた小石はコンクリートの上を跳ね、転がってやがて動かなくなった。二人して黙って石の顛末を見届ける。

「恋は楽しいモンや」

 本当なら、とリカは小さく付け加える。泣きそうな声色だった。


 リカの後を追って走り続けた。塔子が追うリカは、彼女自身も別の誰かを追っている。塔子はしばらくは後ろを振り返ることもなかった。ただ一直線に塔子らしく″Dきな人を追っていた。しかし元来た道も、リカと共に駆ける先も、迷路になっていることは、想い続けてから少し経った後だった。
 諦めようにも諦めきれなかった。戻る道が分からない。好きになる前、リカにどのような表情を向けていたか。話題、口調、感情、笑顔――リカの隣りにいるのは、まぎれもない塔子のはずだ。
 分からない。今リカの隣りで話している少女は誰なのだろう。リカに夢のことを相談した少女は誰なのだろう。財前塔子という人間の皮を被ったばけものかもしれない。初めてあった頃の自分の記憶がぽっかりと空いている。大切な記憶なのに、それに凭れ、寄りかかりたいのに、支えもなく片足で立つような気味悪さが離れない。

「……とーこ、塔子!どないしたん?」
「えっ、ああ、何」
「何やあらへん、ボーっとしとったで。平気か?」

 うん、と絞り出した声は弱々しかった。
 待つこともできない。諦めさせてはくれない。リカが止まらない限り塔子は走り続けるしかなかった。つらい。悲しい。言葉にしてリカが振り向いてくれたとしても、意識は先を走る少年に向いているのだと思うと、身体が言葉にすることを拒んだ。
 心配そうに顔を覗き込むリカが滲んで見えた。

「ちょ、塔子ホンマに」
「大丈夫……」
「んなワケあるか!」

 強く引っ張られて抱きつかれた。浮いていた足がひたと地に着き、心の奥にじわりと何かが浸水した途端に、離れていた認識が急速に戻っていった。

「リカ、苦しいって!」
「ええってええって。黙って肩貸すから、な?」

 赤子をあやすように頭を撫でられて、いい知れない悲しみと虚しさが押し寄せてきた。それでも塔子のことを気にかけてくれることに喜びも感じる。リカだって苦しいはずなのに。

「だから、苦しいってば……」

 いつか完全に諦められる日が来る。その時に初めて会った時のような、まっさらな気持ちでリカに話しかけたい。リカの恋を心から応援したい。また一から作り直す。リカの幸せが塔子の幸せだと、いつか昇華できる日が来るはずだ。
 あたしらしいって言うんならさ、多分こうやって諦めた方が、あたしっぽいのかもしれないな。
 前方を走るリカがこけて、靴が片方放り出されてしまう。戻るか一瞬戸惑ったようだが、無視してまた走り出してしまった。焦っているのだろう、片足だけ靴を履いた方が走りにくいに決まっているのに。駆け寄るそれはきらりと光を放った。透き通ったガラスの靴だった。
 リカが落としていったガラスの靴を思いっきり蹴っ飛ばした。憧れた綺麗な靴はリカが走り去った方向へと跳ね転がり、心地よい音がした。片足しか履いていないリカもいつかは裸足になる時が来るかもしれない。その時塔子も一緒になれればいいなと、紅いパンプスを脱ぎ捨てた。
 また走り出す。ガラスの残骸を飛び越えて。


▼ポンカンさまへ
地の文が好きとのお言葉、光栄です…!
塔子ちゃんとリカさんはどちらも明るい子なので、暗い雰囲気にするのに苦戦しました…!
リクエストありがとうございました!
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