▼思い出繋ぎ


 心で思っていることが形に、表に出るものでなくてよかったと思う。今もこうして布美子のことを考えている時に、想いが筒抜けになってしまっていたら、言葉通り顔から火が出てしまうんじゃないか。心に口が無くてよかった。

「玲名、今なんか考え事していたでしょう」
「いいや」
「顔が笑ってるわよ」

 それ以上は布美子は言及しなかったが、繋がれた手がむずがゆそうに身じろぎをした。その手を宥めるように握り返す。布美子の左小指には私とお揃いで買ったピンキーリングが光っていた。小さな紅い石が陽光に反射して輝いた。

「ありがとう、玲名」
「……何が」
「聴こえたわ、『ずっと一緒にいたい』って」

 今度は私が恥ずかしがる番だった。小さく唸り声をあげて空いている左手で頭を掻く。碧い石のついたリングを視界にとらえて、また頬が緩む。

「読心術か」
「そんな大層なもの使えないわよ。さあ、多分手を繋いでるからじゃない?玲名の手を伝って、思考がわたしに流れこんで来たのかも」
「馬鹿言うな」
「じゃあ玲名、わたしの考えてること当ててみて」

 手は繋いだまま、二人で顔を見合わせる。布美子の眼を真っ直ぐ見て、――ああこの表情は。

「『愛してる』」
「正解。簡単だったかしら」
「こうして二人でいる時とか、キ……キスをする時とか、布美子は幸せそうな表情をする」
「玲名はもっと日頃から、表情崩した方が可愛いわ。今も恥ずかしがっちゃって」
「……善処する」

 二人でくすくすと笑いあうと、街の方からあたたかい風が渡ってきた。呼応するように私たちも街の方を見遣る。
 小高い丘の上にある、見晴らしのよい所に作られた公園で、二人して街の景色を眺めている。ミニチュア模型よりも繊細に作られた街は、人が生きている証として、今も鼓動を続けている。止まることはない。
 先程まで私たちはあの街にいた。良い天気だし、せっかくの祝日だから出掛けようと、いつもより少しだけお洒落をして園を出た。形は同じだが色の違う石のついた指輪を買い、瞳子姉さんが割引券をくれた映画を観て、昼食には私のオムライスと布美子のグラタンを一口ずつ交換した。
 数十分前のことなのに、どこか懐かしく感じられた。どれも一瞬の出来事ではない、一瞬が積み重なった、それでも永遠とまではいかない長さ。思い出というものはすぐに生まれる。さっきの、思考を当てるやりとりだって、話題が打ち切られたらそれは瞬時に思い出になる。

「この瞬間から、過去は思い出になる」

 私の言葉に、布美子がどうしたのと顔を覗く。この思考は読みとってくれなくて良かった、と安堵すると共に、突然の発言に不安げな表情をしていた。

「今日の出来事もいずれ日を追うごとに『あの日は楽しかった』の一言で済んでしまう。それがなんだかもったいなく感じるんだ」
「わたしも、そう思うわ」
「思い出になることは悪いことじゃない、が、私たちはこれから成長して、もっとたくさんの思い出を作ることになる」
「ええ」
「いつかは、今日のことも埋もれて、忘れてしまうんじゃないかと」

 街の方から、車のクラクションが聴こえた。つんざくようなものではなく、角が取れたように柔らかい、ラッパと似た音だった。
 布美子は空いている右手で、私の頬を撫でた。優しく、包み込むように。この手つきが好きだ。どうしようもなく寂しくなっても、どこか安心できる。

「忘れない。……って、断定はできないわ」

 記憶を鮮明に覚えておくことは難しい。思い出すたびに美化され本当から遠ざかる、と何かの番組に出ていた学者が言っていた。

「でも心の内に留めておけば、忘れてもすぐに引っ張りだせるんじゃないかしら。もしわたしが忘れても玲名が教えてくれるし」
「布美子が忘れても、私が思い出させる」

 そういうことよ。布美子が距離を詰めて、さっきまで撫でていた頬に、触れるだけのキスを落とす。火照ってしまった私と、目を伏せて照れた布美子の間に、また爽やかな風が吹き抜ける。

「布美子、私、布美子とずっと一緒にいたい」
「あら、言われなくてもそのつもりよ」

 楽しかった出来事が過去の思い出になっても、主成分である幸福感は長い。思い出せばずっと、思い出さなくてもずっと、幸せであることには変わりない。布美子が隣りにいない時も、思い出すことで存在を確かめる。何度も何度も。そうすれば忘却には追いつけないし、楽しいことがどんどん増えていく。いずれ幸福は輪になって、途切れることはない、循環がつくられるのだ。

「玲名が今考えてること、当ててあげようか」
「……いや、なるべく、言葉にしたくないんだ」


▼ミニヨシさまへ
仲良し、ということでしたが大丈夫でしょうか…途中しんみりしましたが…。
「彗星」は私も気に入っている作品の一つです。好きとおっしゃってくださいありがとうございます…!
リクエストありがとうございました!
back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -