突然泣き出した珠香に、紺子はただ狼狽するしかなかった。思い返してみても、失言はないはずだ。明日の給食はなんだとか、今日の吹雪くんもかっこよかったねとか、当たり障りのないいつも通りの下校をしていたはずだった。
 膝をついてしゃがみこんだ珠香の、零れた涙が雪に落ちて染み込んだ。泣き声を押し殺して、口から漏れる嗚咽が苦しそうだった。

「珠香ちゃん!?どうしたんだべ、大丈夫?」

 共に座って背中をさすって、微かに聴こえる言葉を拾う。「紺子ちゃん」「ごめん」――この二言を繰り返す珠香に、ますます訳が分からなくなった。珠香が紺子に何か悪いことをしたのだろうか、しかし珠香に対して腹立たしく思ったことはなかった。

「……珠香ちゃん」

 丸くなった背中に手を回して抱きしめた。嗚咽は段々と小さくなっていった。温かく、涙に濡れた頬が紺子の頬に重なる。肩に顔をうずめて静かに泣く珠香を、無言で宥めることしかできなかった。
 すっかり日も落ちて、藍色の空が広がっていた。星の光と街灯の明かりを吸いこんで、積もった雪がきらきらと輝いている。真っ暗闇ではない、だが、珠香のこころに何かが翳っているのを、紺子は感じ取った。


 思えば、視線がかち合うことが多くなった。気づいたら珠香が紺子を見ている、視線に気づいて振り返ると、珠香が紺子のことを見つめていた。授業中でも、部活でも。笑って手を振れば、珠香も笑い返してくれる。
 皆といる時はこれといって感じないものが、二人でいる時、また紺子が「一人」だと認識している時――例えば授業中、視線を感じることが多かった。

(ほんとは、知ってるんだべ)

 恋する少女の眼差し、である。

「ごめんね、紺子ちゃん、もう大丈夫」

 力なく笑った珠香に、ずきん、と左胸が痛んだ。
 知らないことも知らないフリも、どちらにせよ残酷な行為だ。何とかしないとお互いのためにならない、と紺子は思った。紺子としても、珠香との友情を守りたい。しかし愛情まで発展するかと問われると、答えが出ない。今の関係が崩れてしまうかもしれない、それが一番の恐怖だった。

「ほっとけないべ」
「え?」

 力いっぱい珠香の手を握った。手袋越しで、握力もそこまでないが、今はなんでもいいから珠香と繋がっていたかった。

「こんこ、ちゃん」
「わたしこそごめん。珠香ちゃん、ごめんね」

 一番の友だちでいようね。今の紺子が念じられるのはこの言葉くらいだった。口に出すか迷ったが結局控えた。友だち以上を望む珠香には、その一言は鋭いナイフのようであると思ったからだ。

「紺子ちゃん泣かないで。わたしが悪いんだべ」
「ううん、何も悪くないんだべ。珠香ちゃんは何も」

 珠香の悩みの種になっているのは紛れもなく自分だ。原因も分かっている。珠香のこころの枷にはなりたくないが、翳りをぬぐう手だてはおいそれと簡単にできるものではない。本気で自分を好いている珠香に対して、生半可な友愛では、二人共々泥沼に転げ落ちてしまう。紺子はまだ十四歳で、本当の愛など知るはずもなかった。受け身のままでは何も得られない。

(いつかわたしも、愛する人ができんだべ)

 その相手が珠香であってほしい。儚い願いでも、可能性はゼロではないのなら。珠香の幸せと紺子の幸せが同じだったら、誰も不幸にはならない。珠香のために、愛する人を想ってチョコレートを作りたい。
 一週間後のわたしを想像する。


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