生きたい

「アルミン。こりゃあ良い機会だと思わねぇか?調査兵団に入団する前によ、この初陣で活躍しとけばオレ達は新兵にしてスピード昇格間違いなしだ」
「……ああ、間違いない!」

不敵な笑みを浮かべているエレンとアルミンの会話を耳にしたミーナも、仲間に加わった。
「言っとくけど、今期の調査兵団志願者はいっぱいいるんだからね!」
ついさっき、親友と調査兵団に入ることを約束したばかりだ。だからミーナは、ここで負けていられないと思った。この街を守り切って、ナマエと別れた本部で落ち合うのために。
「さっきはエレンに遅れを取ったけど、今回は負けないぜ!誰が多く巨人を狩れるが、勝負だ!」
「皆には負けないからね!」
エレンもトーマスの案に乗った。昨夜卒団した新米兵士が、街の至る所に侵攻している大きな化け物を討伐出来たとなれば十分だろう。
「数をちょろまかすなよ、トーマス!」
ミーナの他にもアルミン、トーマス、ナック、ミリウスはエレン率いる第三十四班に配属された。やる気も闘志も十分漲っているところで前方から前衛の布陣に着くよう合図が上がり、ミーナ達は大きく雄叫びを上げて前進した。

屋根の上を風を切るかのように素早く駆け出した後は、立体起動装置のガスを吹かしワイヤーの遠心力を利用して街中を進む。ミーナはアンカーを打ち込むのに手頃な建物を瞬時に見極め、他の班員とワイヤーが絡まないよう計算しながら飛び進む。

立体起動装置での移動は、数え切れない程訓練を行って来たので朝飯前である。トロスト区で公開訓練もしたこともあるので、頭の中に地図はしっかり入っている。
「巨人がもうあんなに……!」
街の容態が確認出来る位置まで進むと、前衛部分から黒煙がいくつも上がり何体もの巨人の侵攻を許していた。楽観視していた訳ではないが、状況は人類側が不利だろう。
「前衛部隊が総崩れじゃないか!」
「何やってんだ、普段威張り散らしている先輩方は!」
すると、先頭を行くエレンから止まるよう指示が出されたので、ミーナは一旦近くの屋根へ着地する。目の前を一体の奇行種が跳躍して建物に激突した様が目に入った。奇行種が激突した衝撃で周囲の建物は崩れ、もくもくと煙たい砂塵が立ち込める。

ゆっくりと上体を起こした奇行種の口からトーマスの上半身が覗いていた。
「あ……」
ミーナは目の前の光景に、知らず知らずの内に力なく声が漏れていた。エレンも、アルミンも、ナックも、ミリウスも、巨人に半身を喰われた同期の姿に息を呑む。そして、ずるりと滑るようにトーマスを呑み込んだ奇行種は、何事もなかったかのように街へと去って行く。新たな獲物人間を求めて。

巨人がどうやって人間を食すのか、生まれて初めて見た。大きな口を開けて“食事”をする様子は、まるで自分達のそれと同じであった。人類は巨人の餌に過ぎない。その現実をまざまざと見せ付けられたミーナは、恐怖で足がすくんでしまう。
「何しやがる!!」
エレンが激昂した声と、呼び止める声がした。単独で巨人を追い掛けるエレンの背中がどんどん遠ざかって行く。
「よくもトーマスを……!絶対に、絶対に逃がさん!!」
エレンのスピードが速すぎて追い付けない。彼を止めないと、このままではまた同じことが起こってしまう。

巨人の口から覗いたトーマスの上半身。自分の身に何が起きたか解らないと言いたげな彼の表情が、ミーナの瞼に焼き付いている。どんなにガスを吹かしても、その背中と一向に距離が縮まらない。
「エレン!!」
アルミンが彼の名前を叫んだ。刃の先がトーマスを捕食した奇行種へと迫った瞬間、死角から現れた一体の巨人の急襲により、エレンは大きく放り出されて転がるように屋根に激突した。隣で並走していた仲間が別の巨人に捕らえられてしまい、ミーナの意識はそちらへと傾く。

「――あ!?」

ほんの一瞬、前方から目を離した隙にワイヤーが何かの力で大きく引っ張られて、身体は遠心力に勝てずにそのまま建物に激突する。口から呻き声が漏れる。
「う、うぅぅ……」
頭を強打して意識がぼんやりする。さっきまで動かせていた身体が指一本動かすことはおろか、声を上げることも出来ない。視界も靄が掛かって良く見えなくて。だけど誰かが何かを叫んでいる。ミーナにはそれが良く聞こえない。

早くここから逃げなければ。今日を、生き延びなきゃいけないのに。死にたくない。約束したから。後で本部で落ち合おうと。ナマエと、約束したのに。
軽い脳震盪を起こしたのか、身体は言うことをきいてくれない。

自分の身体なのに、自分のものじゃないみたいだ。何かに身体を無遠慮に強く掴まれて苦しい。宙に浮いたような感覚がする。逃げたいのに身体を捩ることも出来なくて、されるがままだ。
その“何か”の正体なんて解っている。
「あ、あぁ……」
助けを呼びたいのに口からは吐息混じりの声しか出せなくて。仲間が次々と喰われていく。
数え切れないくらいまだ遣り残したことが沢山あるのに、いとも簡単に命が奪われていく残酷な世界。

卒団の報告をするために、実家にも顔を出せていない。両親に親孝行すら出来ていない。調査兵団に入って自分の出来得ることをやろうと、昨晩人知れずに心に決めた少女の頭の中にあるものは――。
今日を生き延びて、ナマエと一緒に壁の外の世界を見たかったのに。

兵士でいる以上、ミーナは“死”と隣り合わせの生活であることを承知していた。いつかはこんな日が来るかもしれないと思っていたけれど、次の日に――唐突にやって来るなんて。
だけど。もっと――、
「生きたいのに……」
ミーナの両目から大粒の涙が溢れて、彼女の涙は地面に染みると跡形もなく消えた。


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