君の声で聞きたいの

忍術学園の至る所で、酷く傷んだ髪の彼を見かける。
ある日は軒下、ある日は木の側、ある日は校庭。
でも一番見かけるのは、飼育小屋の前かな?
飼育小屋の前にいる彼は、いつも色んなところで見かけるお尻じゃなくて、太陽みたいな笑顔を後輩に向けている。
無邪気に笑う井桁模様が4つと、赤い蛇を首に巻きつけた若草色が1つ。
なんだか見ているだけで心がぽかぽかしてくるその光景に、私は声を出さず口角を上げて、掴んでいた木の枝を離す。

重力に従って、私の体は落下する。
途中木の枝に引っかかったり葉っぱに当たったりしたが、気にしない。
ガサガサ音を立てて落下してくる私に、彼らの目が大きく見開かれる。
目的の腕の中にすとん、と着地すると、彼もまた驚いた顔そのままに、しっかり私を抱きとめた。

「紅葉!!何してんだ!!」

我が目的地、竹谷八左ヱ門は、突然木から降ってきた私をちゃんと受け止めてくれたくせに、そう怒鳴った。

「怒っちゃイヤん」

私はそう言って、竹谷八左ヱ門の頬にぷちゅっと唇を押し付けた。
その様子を見ていた井桁模様の4人は、口々にキャーキャーと騒ぎ始め、らぶらぶぅ〜とかあつあつぅ〜とかはしゃいでいた。
若草色は我関せずで、首に巻いた赤い蛇に向かってひたすら優しい視線を向けていた。
最初は赤くなって慌てて私を引き剥がそうとしていた竹谷八左ヱ門も、そんなフリーダムな後輩の様子を見て「おほー」とか鳴き声を上げていた。

私ははしゃぐ井桁ににんまりとした笑顔を向けて、話しかけた。

「そーよ、私と竹谷八左ヱ門は激アツなんだから。これからもーっとラブラブするんだから、ほら、あっち行った行った」

しっしっ、と犬猫でも追い払う仕草で、井桁を追い払う。
ころころして可愛いし、似たようなもんだ。

「こらぁ!!まだ委員会の途中なのに、なに勝手なことしてんだよ!!」

「え、でももう終わりだったでしょ?みんな行っちゃったよ?」

そう言ってほら、と竹谷八左ヱ門が周囲を見渡しやすいように体をずらしてやると、彼はきょろきょろと視線を彷徨わせたあと、がっくりと項垂れた。

「あいつら変な気を遣いやがって…」

私に視線を向けず、俯いて頬を染める竹谷八左ヱ門。
そんな彼に私は満面の笑みで問いかけた。

「で?今日こそ答えを貰えるわよね?」

私のその問い掛けにますます頬を赤くして、いや、その…と口篭る竹谷八左ヱ門に、愛しさ半分苛々半分だ。
恥ずかしいのはわかるけど、もう十分待ったし、いい加減答えが欲しい。








「…ちょっと、大好きって言うだけに時間かけ過ぎよ!!?」

私の怒り交じりの言葉に、竹谷八左ヱ門の顔はぼぼっと火が出そうなほど真っ赤になった。

「バッカお前そんな大声で言うなよバカ!!」

「バカにバカって言われたくないわよバカ!!」

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勘違いしないでいただきたいが、これは別に告白してその答えが…というものではない。告白ならもう1年前に済ませて、私と竹谷八左ヱ門はとっくに恋仲である。
しかしながらこの男、見た目は大柄で活発、面倒見も良く兄貴肌で積極的な男…かと思いきや、大変なへたれであった。
いや、恋仲にそんな言い方はよくない。へたれではなく恥ずかしがり屋と言おう。
そんな大変恥ずかしがり屋さんの竹谷八左ヱ門君に、私は十日ほど前にこういう質問をした。

「ねえ、私のこと、好き?」

恋する乙女ならば経験があるだろう。
態度でわかっても、言葉にして欲しいものだから。だから私も聞いてみた。
快活な彼のことだ、いつもの太陽みたいな笑顔で「当たり前だろ」と即答してくれると思っていた。
しかし意外や意外。恥ずかしがり屋だったなんて露ほども知らなかった私は、期待に胸躍らせる予想を200度くらいの方向性で裏切られた。

しばらく待ってもうんともすんとも聞こえない竹谷八左ヱ門をいぶかしんでちらりと見ると、彼は顔をまっかっかに染めて私を凝視していた。
明らかに様子のおかしい彼に向かって、あの、と手を伸ばしたら、竹谷八左ヱ門はあろうことか奇声を上げて逃げ出したのだ。
あの時の私の気持ちがお分かりいただけるだろうか!?
恋仲に自分のことが好きかと問いかけて逃げられた私の気持ちはそりゃあ傷付いた。
なので、その気持ちを癒すために竹谷八左ヱ門から返事を聞こうと毎日追いかけていたのだが、まあ、5年ながらに委員長代理なんて忙しいので、今日に至った。

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何故かじりじり逃げようとしている竹谷八左ヱ門の腰をグッと抱き、私は逃がさないと言わんばかりに彼に体を押し付ける。

「おまおま紅葉おまえバカ離せ!!」

「え、なんで?おっぱい当たってるから?」

「おっ、女がそういう事いうんじゃねぇ!!恥ずかしくねぇのかよ!!」

「え?別に?逆にあんたが恥ずかしがり屋さんすぎじゃない?」

「なっ…わぁぁああぁあ!!」

今にも鼻血を噴きそうな竹谷八左ヱ門君は、哀れ足を縺れさせて私を抱えたまま後ろ向きにひっくり返ってしまいました。

「ぅ…わ、悪ぃ紅葉、大丈夫か!?怪我してないか!?」

そう慌てた竹谷八左ヱ門に、私はとうとう溜息を一つ。

「大丈夫、体はなんともない。でも心が痛い…」

好きだと、態度で示されているとしても、言葉にしてもらえないのは悲しい。
たまには、聞きたいよ、貴方の声で。
しおらしくそう呟く。勿論演技。哀車の術ということですはい。
そんなこととは思いもしない素直な竹谷君は、ぐっと言葉を飲み込み、大きく深呼吸を始めて

「すっ……好きに、決まっ…てん、だろ…」

消え入りそうなくらい小さな小さな小さな声で、そう呟いた。



「だよねー知ってた」

その言葉を待っていた私は、上機嫌でそう告げると、焼け石よりも熱いんじゃないかというくらいに真っ赤な顔でわなわな震える彼の唇に、わざと音を立てて口付けた。



恥ずかしいのは俺だけかよ!!

(恥ずかしいのは君だけさ)





お題:確かに恋だった

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