ゆるやかに崩れていく

※鉢屋三郎素顔捏造注意





「ねえ三郎、あなたも私もまだ十四だけれど、一生分の幸せを満喫したと思わない?」

「ああ紅葉、私も今そう思っていたよ」

通い慣れた忍術学園の高い高い屋根の上で、三郎は穏やかに笑う。
そんな彼の足の間にすっぽりと収まっている彼女も、同じような穏やかな微笑みを浮かべて、赤みのかかった月を見上げた。

「今日で終わりだなんて、信じられないな」

小さい頃からの顔馴染みであり、愛しい恋仲でもある紅葉の髪に鼻を埋めながら、三郎はゆっくりと目を閉じる。



本日現時刻をもって、この世界は終焉を迎える、らしい。
まったくもって唐突で信じられないような話だが、まぎれもない真実。
先日起こった地震が原因で、彼らの住むこの地は綺麗さっぱり砕け散ってしまうと、偉い学者が悲しそうに話していた。




「…ねえ三郎、覚えてる?私たち、出会いは最悪だったよねえ」

赤い月のせいで赤い夜空を眺めながら、紅葉はすりりと三郎の頬に顔を寄せた。その姿はまるで猫が甘えるようで、とても可愛らしい。

「ははは、何だか懐かしいな。勿論覚えているよ、大事にしていた人形に悪戯した時だろう?あの時の紅葉の怒りようは、ちびの癖に今でも夢に見るくらい怖かったからな」

「もう、嘘ばっかり。うふふ、でも楽しかったね、小さい頃はよく一緒に遊んで、三郎が忍術学園に入学するって知った時は大泣きして両親を困らせちゃって…見兼ねて私も通わせてもらったのよね。ちゃんと恋仲になってからは皆に内緒で町へ出かけたり、夜に裏山で会ったり…」

「ああ、しばらく秘密にしていたからな。でも、皆にばれてからは結構堂々としたもんだった」

くすくす、ふふふ、と笑い声が零れる。しかし、それは大きな大きな地鳴りにかき消されて、お互いの耳に届くことはなかった。

「ああ、うるさいなあ。三郎の声がよく聞こえないよ」

ごごご、と轟く音は、不安を煽る。しかし、特に気にとめた様子を見せず、紅葉はぷくぅ、と頬を膨らませてぶすくれた。
そんな彼女の膨らんだ柔らかい頬を人差し指でつついた三郎は、なら、と彼女の耳に唇を寄せる。

「これなら、聞こえるだろう?」

普段通りの、ちょっと悪戯っぽい彼の声を聞いて、紅葉はきょとんとした後、その愛らしい顔を笑顔で染めた。

「うん。ふふふ、幸せだなあ…ああ、でも一番の幸せはねえ、やっぱり三郎と会えたことかな?」

「そうか、いや実は私もそうだ」

「なあにその言い回し。カッコつけちゃって」

「カッコのひとつもつけたくなるさ、好きな女の前なんだから」

にぃと口角を上げて、三郎はそのすらっとした手で紅葉の顎を優しく掴んで上向かせる。ふっくらとした柔らかそうな唇ともう少しで触れあう−−−という時に、どぉん、と一際激しく地面が揺れた。

「…まったく、無粋なもんだよ」

さらりと癖のない黒髪を靡かせた三郎が、じっとりと亀裂の入った地面を睨みつける。

「ほんと、せめて邪魔はしないでほしいわ」

紅葉も紅葉で同じように、呆れたように地面を見下ろす。
深い深い、底があるのかさえ分からない亀裂の先。気が付けば、いつの間にか学園の校舎の半分はそれに飲み込まれてしまっていた。
そろそろ本当に、終わりの刻が近いのだろう。

「ねえ、三郎」

「なんだ?紅葉」

ごうごうと唸り始めた風に浚われないように、お互いをぎゅっと抱きしめながら、轟音にかき消されないように耳元で囁き合う。

「あのね…三郎、誰かに変装してる時も勿論素敵なんだけど、素顔、もっと素敵よ。大きくなってから久しぶりに見たけれど、ますます惚れちゃいそうだわ」

「よせよ、照れるじゃないか」

「…ねえ、私たちさ」

「なんだ?」

「また、一緒になれるかなあ?」

「…なれるさ、絶対」

お互いの温もりを決して忘れることのないように、しっかりと抱き合いながら唇を合わせた。
その頬を、一筋の涙が伝ってゆく。

「愛しているよ、紅葉」

「私も、愛しているわ、三郎」






その言葉を最期に、赤と黒に染め上げられてしまった世界に、ひとつになったふたつの影は、ゆっくりと飲み込まれていった。


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イメージは某ゾウさんのわーるどえんどより。終末系って初めて書いたのですが、いかがでしょうか?やっぱ何かぬるくて変ですかね?
そして三郎氏の素顔捏造申し訳ありませんでした。サラスト希望ですハイ。
まこと様、ありがとうございました



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