私の友人に春が来たらしい

※持ち帰り厳禁!!



「最近、長次の様子がおかしい」

小平太からそんな相談を受けたのは、つい先日のこと。

あの人の機微に疎い暴君がそういうのだから、間違いないのだろう。

いわく、何やらぼうっとしているときが多いとか。

いわく、夜中に何やら文めいたものを書いているとか。

いわく、誰にやらもらった文を熱心に読みふけっていたとか。

大方誰かに懸想しているのだろうと予想がついたが、あの長次をそこまで惹きつけた女に興味が湧いた。

「……ふむ、大事な友のことだ、私も気を付けて見てみよう」

その答えを聞いてぱあっと顔を明るくした小平太を偶然部屋に帰ってきた文次郎に押し付け、私は長次の懸想相手を探るべく図書室へと向かった。

……断じて面白そうだとは思っていないぞ、うん。

見慣れた戸を開ければ、当番らしいきり丸がこちらに向かって会釈するのが見えた。

ちょうどいい。

「……少し、訊きたいことがあるのだが」

「へ? いーですよ、お駄賃いただけるなら」

「ふっ、お前相手にただで情報を貰おうとは思っていないさ……これで手を打ってくれるか?」

そんなことだろうと思っていくらか渡せば、何でも訊いてください!! と何とも現金な返事が返ってきた。

ちょろいものだ。

「最近長次の様子がおかしいそうだな」

「あー、立花先輩も気づきました?」

どうやらきり丸も、長次が誰かに恋をしていることに気づいていたらしい。

……一年にさえ気づかれるとは、あの鍛錬バカが知ったらうるさそうだ。

というか、一年でさえ気付いたのに、どうして小平太は「様子がおかしい」としか分からんのだろうか……。

「そうなんすよねえ、時々中在家先輩、上の空なときが多くって……あの先輩が、委員会中に、ですよ?

変だなあと思って、ちょっと見てたんですよ」

なんと、あの本好きの長次が、委員会中も物思いにふけっていたらしい。

よっぽど惚れ込んでいるな……ますます興味が湧いた。

「ほう……あの長次が、なあ」

「そうなんすよ、変でしょう?

そしたら、図書室に人がいなくなったとき、向こうの奥のほうにある本棚からなんか出してたんすよ」

「ふむ、どのあたりだ?」

向こうっす、ときり丸が指した辺りは、確か勅撰和歌集や万葉集が連なる棚だ。

……あの辺りの書物を読む輩は、この学園にほとんどいないだろうな。

少し見てみるか……。

「参考になった、礼を言う」

「いえいえー、また訊きに来てくださいねー」

そう手を振るきり丸に教えられた本棚は、間違いなく文学の棚だった。

どの本もうっすら埃をかぶっていて、あまり利用者がいないのは一目瞭然だ。

しかし、案の定というべきか、一冊だけ埃を全くかぶっていない本がある。

ほう、詞花和歌集とはなかなか洒落ているではないか。

見てみると、確かに何か挟まっている。

「長次には悪いが……好奇心には勝てん」

そろりと和歌集を開き、挟まっているものを取り出した。

それは、美しい和紙だった。

丁寧に、心を込めて透いてあるのがよくわかる。

そこにしたためられた和歌を見て、思わず吹き出してしまった。

「はや見ぬと 覚えどしのぶの さがなるや たづねゆくまに 月影に消ゆ……。

ふふ、長次も随分と焦れているらしいな」

見覚えのある几帳面な手をなぞりながら、どれほど友人が相手に懸想しているのかを知って笑いが止まらない。

あまりじろじろ見るのも気が退けるので、さっさと和歌集を元に戻すと本棚から離れた。

歌の相手に勘違いをされるのも不本意だしな。

「……あれ、仙兄?」

次はどう動くか考えていると、耳慣れた声にそう呼ばれて振り返った。

私を「仙兄」と呼ぶものなど、この学園には一人しかいない。

「紅葉か、久しぶりだな」

「久しぶり。図書室にいるなんて珍しいね」

そういって微笑むのは、私の同郷である岩倉紅葉だ。

紙すきの家の、一粒胤であるこいつは、行儀見習い兼護身術を習うために忍術学園へと入学した。

なんだかんだで行儀見習いを続けて4年、見合い話もないまま学園に通い続けている。

幼いころはよく遊んでいたものが、学園に入ってからは会話すらあまり交わさなくなっていた。

妹のような紅葉は、くのたまと言えど可愛い存在だ。

「お前こそ、忍たまの図書室に来ることもあったんだな」

「こっちのほうが本が多いもの。

仙兄は調べもの?」

問いには曖昧に頷きながら、そういえばと先ほどの和紙を思い出した。

……あの紙、見覚えがあるような?

これは試してみる価値があるだろう。

「……私はもう用が済んだから、出るぞ」

「うん、また会えたら」

「ああ」

機嫌よさそうに手を振り奥へと進む紅葉と別れるふりをして、一番手前の本棚に身をひそめる。

そのまま気配を絶ち、影から覗くと……思った通り、紅葉は例の和歌集がある場所へと入っていった。

あいつは小さいころから和歌が好きで、確か9つの時には出ている勅撰和歌集をほとんど覚えていたはずだ。

「……まさか、とは思ったが」

本棚の裏を大きく回り、奥へと進む。

分厚い本を抜き去り、できた隙間から見てみれば、確かに紅葉が和紙を取り出し、懐にしまったのを確認できた。

……これは、私が一肌脱ぐしかないだろうな。

逸る気持ちを落ち着けながら、まずは長次からだと今度こそ図書室を後にした。

確か、今日は部屋にいるはずだ。

長屋にある、長次と小平太の部屋に入ると、……和紙を眺めている長次がいた。

驚くほど上手く行き過ぎて、笑いがこみあげてくるのを何とか抑える。

「長次」

「……!」

完全に気を緩めていたらしく、和紙を持ったまま硬直してしまった長次に、耐えきれず噴き出した。

「……何か、用か……」

「っふふ、はははっ、いや、悪いな。

お前が珍しいものを見ていると思って、つい声をかけてしまったんだ」

綺麗な紙だな、と伝えると、長次は観念したように体から力を抜いた。

どうやら話してくれるらしい。

「……文を、交わして、いる……」

「ほう、お前らしいな。

相手は誰なんだ?」

「……分からない。

くのたまであるのは、確かなんだが……」

悩ましげにため息をついた長次に、私は内心苦笑した。

そうか、まだくのたまであることしか掴んでおらんのか。

場合によっては見ているだけというのも考えたが、少し情報を渡してやったほうがいいかもしれんな。

……しかし、身内びいきかもしれんが、見事な紙だ。

さすがは紙すき屋の跡取り娘、主人も奥方もこれであれば安心だろう。

と、それはさておき、どう切り出したものか……。

「ふむ……この紙、見覚えがあるな」

「……!」

長次と言えど、色恋となればわかりやすくなるものだな。

6年という長い間の付き合いだからこそだろうが、目の色が変わったのを見て笑いそうになりながら、努めて真面目に続ける。

「くのたまの、確か4年生に、紙すきを生業にした家の娘がいるはずだ。

以前見せてもらったことがあるが、その紙によく似ている」

ぱちぱちと瞬きしたあと、長次はこちらを見て、少し落ち込んだ顔をしてみせた。

……勘違いしているようだな。

「言っておくが、私とあいつは幼馴染以外の何ものでもないぞ」

「……よく、わかったな」

「何年の付き合いだと思っている。

まあ、私がするのはここまでだがな」

「……礼を、いう……」

「気にするな。

幸せにしてやってくれよ」

私の一言に、かすかに頬を赤らめた長次だが、しっかりと頷いて見せた。

まあ、どこかわからない馬の骨より、長次のほうが数倍は安心だ。

そこまで考えて、私はあいつの兄かと苦笑が漏れた。

さて、次はあいつのほうか……。







くのたま長屋に足を運ぶわけにもいかず、私は図書室であいつを再び待ち伏せることにした。

何度か授業のない時間帯に行ってみたが、ある程度人がいるときばかりであったせいか、紅葉を見つけることはできないままだ。

そうして何日か過ぎたころ、もう習慣となりつつある図書館に足を運ぶと、以前と同じように閑散とした空気が満ちていた。

これならばあいつもくるんじゃないだろうか、と算段を立てる。

「あ、仙兄」

思った通り、紅葉は中に私がいるのを見て、図書室の中に入ってきた。

どことなくそわそわとして見えるのは、気のせいではないだろう。

「また会ったな」

「そうだね、仙兄も図書室に通ってるの?」

「その口ぶりだと、お前はずいぶんと通い詰めているようだな?」

そう指摘すれば、わかりやすく紅葉の頬が赤くなった。

こいつは長次に比べると、ずっと顔に出やすいからな……わかりやすくて何よりだ。

もごもごと言い逃れのようなことを口にしていたが、私に口で勝てたためしがない紅葉は早々に諦めたらしい。

「あーあ、仙兄のことだから、だいたい予想はついてるんでしょ?」

「まあな。口出しをするつもりはあまりないが」

そう答えれば、やっぱりね、と笑って見せる。

「どうせまだるっこしいとか思いながら、人の恋路を楽しんでたんでしょ。

相変わらず性格悪いね」

「お前が鈍いのが悪い。

仮にもくのいちの卵なら、調べてみたらどうなんだ?」

「やってるもん。

今のところ、私と同学年より下にはこんな句をかける人はいなかったわ」

同年代の男って幼稚なのね、と笑う紅葉はすっかりくのたまらしくなったらしい。

いつも虫を怖がっては私の背中に引っ付いていた、幼いころとは見違えるようだ。

しかし、まだまだ詰めが甘いな。

「それならば、今日の当番を調べてみろ。

すぐに相手が誰かわかるはずだぞ」

きょとんとした目をした紅葉は、思いつかなかったのかぱちぱちと瞬きをした後、首を傾げた。

「どうして図書委員だとわかったの?」

「簡単なことだ。

忍たまで和歌集の棚に違和感なく滑り込めるのは、図書委員しかおらんよ」

「ふうん、忍たまって和歌集読まないんだね」

ありがと、といって図書室を去り際、いとおしそうに懐を抑えた紅葉の後姿をみて苦笑が漏れた。

さて、あと何日でくっつくかな。







私の友人に春が来たらしい
(全く、世話の焼ける二人だ)







「あ、あの、この和歌の方ですか……?」

「(こくり)」

「え、えっと、

しのぶれど 筆に出でにし こふこころ」

「……いずれど君の まみえんまでと」

「うわあ、本当だ……!

あ、えっと、そのう……」

「あせらなくて、いい……ゆっくり、話そう」

(……やはり長次であれば安心だ)
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うちには絶対生息できない妖精長次と意地悪くも面倒見のいい仙様!!ほのぼのとした可愛らしいお話で、何年かぶりに鼻血が出ました。
高梨様、ありがとうございました!!



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