失恋(自責 side A)

初恋は実らないものだと、くノ一教室の誰かがそう言って泣いていた。

「好きです。1年生の頃からずっと」

しかしそんなことはない。願えば叶うものだと、私は信じて疑わなかった。

「……申し訳ない。紅葉の気持ちには、答えられん…」

疑わなかった、のに。

「……想い人が、いるんだ…」

そう言われてしまえば、もう笑顔で諦める他、道はなかった。

「……そう、ですか…」

口から無意識のうちに零れ出たその言葉を聞いて、私の想い人はすまん、と再度謝り、その綺麗な長い髪を靡かせて、私に背を向け、夕日に消えていった。

「……あーぁ、振られ、ちゃったぁ…」

そんな背中を見ていたくなくて、私はそう1人呟きながら、滲む涙を誤魔化すように眩しい夕日を睨みつけた。




どれくらい、そうしていただろうか。
5年間の長い片思いに終止符を打った私の心はどこかぽっかりと穴が空いてしまったようで、ふらふらと覚束ない足取りで、でも誰にも悟られたくなくて、暫く校庭の木の上で時間を潰し、大半の生徒たちが長屋へと戻る姿を眺め続けていた。

「…おなか、すいたな…」

くぅぅ、と空腹を訴える腹を押さえ、私は大きな溜息だけをその場に残し、食堂へと向かった。
案の定食堂には誰の姿も見えず、唯一、食堂のおばちゃんだけが今日は遅かったのねぇ、と少し冷めてしまった晩御飯を差し出してくれた。
曖昧に笑って誤魔化しながら適当な席に着き、おばちゃん特製晩御飯を口に放り込む。
しかし、何の味もしない。
普段なら、おいしいはずなのに。
そこまで考えると、何故かまた涙が滲んでしまった。

情けない。失恋如きでここまで落ち込むなんて。

ぐっと詰まってしまった喉を無理矢理押し広げてご飯を飲み込もうとしたその時、ことりと湯飲みを置く音が聞こえて、私ははっと顔を上げた。
視線の先には、優しく微笑む食堂のおばちゃん。

「紅葉ちゃん、何か、辛いことがあったのね?」

「……わかるの?」

どこか遠慮がちにそう問い掛けられた言葉に、驚いて、でも抑揚のない声で答えると、おばちゃんはうふふと口角だけを上げて微笑んだ。

「わかるわよ。もう何年、この学園で食堂のおばちゃんやってると思ってるの?」

冗談めかしたその言い方に、笑えたんだけど、そうしてか私の目からは涙がぼろぼろと零れてきてしまった。
もう誤魔化しようもなくなって、私は素直におばちゃんに先程失恋したこと、ずっと思い続けてきた彼には別の想い人がいたことを話した。
するとおばちゃんは、箸を握り締めていた私の右手にそっと手を重ね、小さな声で呟いた。

「………そう、それはとてもとても辛いことね……でも、いいかい?紅葉ちゃんのその悲しみは、いつかそのご飯みたいにあんたの身になるから。だから、今はしっかりと噛み締めなさい」

その言葉に、今まで我慢していた悲しいとか辛いとか悔しいとか切ないとか、そんな感情が一気に噴出して、気が付けば私はおばちゃんの胸に縋って、子供のようにわんわんと泣いていた。
情けないとか、子供みたいとか思ったけれど、おばちゃんがまるでお母さんみたいに全てを許してくれるような気がして、心ゆくまで甘えたかった。

「よしよし…。いいのよ、辛けりゃ泣けば。無理に我慢することなんてないんだから。あんたはまだ子供なの。誰かに甘えたって、誰にも咎められるもんですか」

ゆっくりと、暖かく撫でてくれるその掌が本当に優しくて、そして、いつもなら『お残しは許しまへんで!!』と怒鳴りつけるおばちゃんが、ご飯が冷めるのを厭わず私の悲しみを包み込んでくれるのが嬉しくて、誰もいないことをいいことに私は暫くわあわあと感情のままに喚き散らし続けたのだった。



暫くして、ようやっと落ち着いた私の背中を摩りながら、おばちゃんはちょっとは落ち着いたかい?と穏やかに笑ってくれた。
そして、もう一度私のご飯を、私のためだけに温め直してくれて、冷めないうちにしっかり全部食べるんだよ?とだけ言い残して、食堂を出て行った。
誰もいなくなってしんと静まりかえった食堂で、ホカホカと湯気を立てるご飯を一口、口に運ぶ。
先程とは違って、甘くて、ちょっとだけ苦くて、それでもおいしい。

「…おい、しいな…」

素直な感想と共にまたぼろりと涙は零れてしまったけれど、悲しいのと切ないのとがごちゃごちゃになってはいるけれど。
でも、この優しいご飯を食べ終えたら、私はほんの少しだけ、笑うことができた。


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