メランコリー
「はぁぁ…」
学級委員長委員会の会議部屋に、大きな溜息が落ちる。
「どうした?勘右衛門が溜息なんて珍しいな」
ふわふわの明るい髪を揺らして、ニヤニヤとした笑顔の不破雷蔵…に変装した鉢屋三郎がそう問いかける。
俺はそんな三郎を見て「楽しそうだな」とか思いながら、溜息の理由を話す。
「いやーさぁー、最近なんかちょっと色々と憂鬱で…」
「なんだよ、その妙に含んだ物言い」
悩み事なら聞くぞ、と俺の横に腰を下ろした三郎は、あろうことか頬杖を付きながら置いてあるお茶菓子の饅頭を齧っていた。
「それ悩みを聞く態度じゃないよね?」
「いやーあっはっは、ちょっと腹が減って…で、憂鬱って?」
俺も同じく頬杖を付きながら、さっきより大きな溜息をつく。
「幸せ逃げるぞ、勘右衛門」
「その幸せが逃げるほど無いから憂鬱なんだってば」
俺は頬杖を付いていた手をそのままずるーっと前に倒し、机に突っ伏す。
「なんか、重症そうだな」
「最近おかしくってさ。試験続いたせいかもしれないけど、上手く笑えないし、夜になると考え込んじゃうし、お菓子も味気無いし…俺どうしちゃったのかな?」
「考え込む?」
三郎にそう聞かれ、最近の悩みの種のようなもののことを話そうとした時、会議部屋の扉が激しく開かれた。
「ねえねえ、勘ちゃんいる?って、いたいた!!勘ちゃぁん!!」
部屋の入り口で一人騒がしく喋り、俺に向かって手を振っているのは、くノ一教室の上級生代表の一人、紅葉ちゃん。
お淑やかで強かな女の子が多いくノ一教室で、とっても個性が目立つ、裏表の無く元気な…わかりやすく言えば七松先輩を女の子にしてちょっと学力と体力を劣化させたような女の子。
くノ一教室は学年が上がれば上がるほど人数が少なくなるから、4年生から学級委員長というものは存在しなくなる。
その代わり、4年、5年、6年から一人ずつ代表を選出して、くノ一教室上級生を統率する、らしい。
そして、学園長先生の突然の思い付きで色々なオリエンテーリングとかサバイバルの審判やらなんやらを勤める俺たちは、学級委員長委員会とは別に、定期的に会議をやる、らしい。この前三郎から聞いた。
俺は『色々な都合』で知らなかったから、紅葉ちゃんと知りあったのはついこの間。
なのに、俺は紅葉ちゃんと会ったその日から、この子の夢を良く見る。
それが俺の最近の憂鬱の理由。
俺は相変わらず饅頭を齧っている三郎を一瞥し、彼女に近づいた。
「何?」
三郎が、俺のその声に饅頭を噴き出す。
「勘ちゃん、明日さぁ、今度の定例会用のお茶菓子、一緒に買いに行かない?」
「………いか、ない。委員会あるから」
「そっか、残念。急にごめんね勘ちゃん!!」
じゃあねぇ〜、なんて何も変わらない笑顔で去っていく紅葉を見送って、俺は三郎の隣に戻った。
が、三郎は噴き出した饅頭をそのままに、俺を指差して固まっていた。
「三郎?どうしたの?なんか汚いよ?」
「汚…いやいや、勘右衛門こそ一体どうした…!?」
三郎のそんな問い掛けに、俺はそんなに驚くことかなと首を傾げて答えた。
「くノ一教室の紅葉ちゃんが、一緒に町に行かないかって」
「おしい!!けど違う!!俺が聞きたいのはさっきの勘右衛門の態度だ!!」
あんな冷徹な勘右衛門初めて見た!!と騒ぐ三郎。
「…実はさ、俺、紅葉ちゃんの前だとあんな態度しか取れなくて…」
「…へ?」
「ついこの前三郎に紹介されて初めて彼女に会って、それから何でか分からないけど、彼女のことを夢に見たり、気付けば彼女のことばっか考えてたり…それからかな、色々なことが憂鬱に思えてきたのは…ねえ、三郎、これっておぶッ!!」
一体何の病気?そう問いかけようとした俺は、無表情の三郎に巨大おはぎを顔面に叩きつけられた。
顔面からボチャボチャと垂れ落ちる餡子をそのままに正面の三郎を見ると、まるで能面のような無表情でぽつりと「爆発しろ」と呟かれた。怖い。
「勘右衛門、それは憂鬱じゃない。ただの恋煩いだ爆発しろ」
「こ、恋煩い!?」
「どう聞いてもそうだ、自覚無いのか?爆発しろ」
「ででででも、あんな掴めない女…しかもつい最近知り合ったばっかりだよ!?全然知らないのに、すすす、好きになってたっってこと!?そんなバカな!!」
「バカは勘右衛門だ、ようは紅葉に一目惚れでもしたんだろ?それで夢に見て、気付けば考えて、でも恥ずかしいからさっきみたいな冷たい態度しか取れないんだろ?どう考えても立派な恋煩いじゃないか爆発しろ」
じりじりと詰め寄られつつ、三郎に早口でそう捲し立てられて、俺は情けないけど、やっと、初めて、この気持ちを自覚した。
「そ、そんな…どどどどうしよう、俺ああんな酷い態度で…」
「そんな冷たい態度で知らないうちに紅葉の心を奪おうとしてたのか…しかも紅葉への気持ちを憂鬱だなんて、なかなか酷い男だな勘右衛門爆発しろ」
わざとらしく泣き真似なんかして、でも変な語尾みたいなのはそのままに、三郎は慌てる俺にそう言った。
「ば、爆発したい…」
そう呟いて床に転がった俺を、三郎はつんつん指先で突きながら、いつものだるそうな顔で笑った。
「ほら、そんないじけてないで。素直じゃなかった勘右衛門くん、まだ間に合うんじゃあないか?」
そういいながら、俺を突いていた指先は足に変わった。
がん、と俺を部屋の外へ蹴り飛ばし、三郎は笑顔で手を振る。
「明日の委員会はいいから、紅葉が他の誰かを誘う前に紅葉を誘って、町行って菓子買ってこい。そして爆発しろ」
珍しくそう応援されて、俺は急いで立ち上がり紅葉を探しに走った。
これを機に、俺の憂鬱は改善され、紅葉への冷たい態度も180度変わった。
しかし、三郎が面白がって紅葉に変装し、俺をよく騙すようになったのは、言うまでもない。
だって恋の仕方なんて
知らなかったんだもん!!
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「紅葉ちゃん!!」
「あ、勘ちゃん!!」
「今日町に行かない?おいしい団子屋さん見つけたんだ」
「爆発しろ!!」
「お前三郎か!!」
お題:確かに恋だった
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