つん、でれ。



保健委員会に所属してから早5年。ご存知の方も多いと思われるが、不運委員会と名高いこの委員会に所属するものは、超高確率で不運に見舞われる。
委員長である善法寺伊作先輩がいい例だと思う。
しかしかくいう私も例外ではなく、驚くべきことに1日最低10回は落とし穴や罠に嵌る。勿論それだけではなく、物を運べば何もないところで転んでぶちまけ、走れば転ぶ、投げられたものは全て私に向かうし、その他諸々語れば尽きない。
勿論その都度偶然通りかかった誰かが助けてくれるのだけれど、伊作先輩にとっての食満先輩のような存在は、私にはいない。

「羨ましいなぁ、伊作先輩。不運でも同室の食満先輩がいてくれるから、あんなに毎日明るく過ごせるのかなぁ?あーあ、この不運体質が憎い」

「それ、お前がただ注意力散漫なだけなんじゃないか?」

ぼそりと独り言のつもりで呟いたら、何故か背後から返事が返ってきて私は飛び上がった。

「ひゃあ!!い、いるならいるって言ってよ!!」

「気付かないお前が悪い」

独り言を聞かれた恥ずかしさから怒鳴ると、背後の人物は本来なら絶対にしないであろう笑い方をした。もうこれだけでわかる。厄介な人物に絡まれてしまったものだ。つくづく不運。

「毎回毎回注意力散漫だとかドジだとか色々言ってくれますけどね、三郎さん、注意してるだけで突如跳んでくる手裏剣だとかバレーボールを避けられたら不運だなんて嘆いていませんよ」

「だから、避けられないのはお前がぼけっとしてるからだろう、それは不運とはいわん。毎回毎回人に助けられて情けないとは思わないのか?」

ふん、と鼻で笑われて思わずかっと頭に血が上る。こっちだって好きで助けられてるわけじゃないし、そもそもどれだけ大人数でいてもまっしぐらに私を狙って跳んでくる獲物を避けるなんて…絶対避けたとしても当たるに決まってるじゃないか。情けないだなんて、そんなの自分が一番わかってる。

「うるさいですよ!!いつも私を見つけるのに無視してどっか行っちゃう三郎さんには関係ないです!!」

感情のままにそう怒鳴り、何故か滲みかけた涙を乱雑に拭って、私は医務室に駆け込んだ。
珍しいことに、医務室には誰の姿も見えない。新野先生は色々とお忙しいし、伊作先輩は薬草園でも行ってるのかな?どちらにしても、今の状態だと誰もいないほうが好都合だ。
そう考えて、私は先程鉢屋三郎から言われた言葉を思い出し、座布団に遠慮なく八つ当たりを開始した。

「すごい剣幕だね。何かあったのかい?」

ばすばすと座布団を叩いていると、すっと扉が開き、優しそうな笑顔を携えた伊作先輩がひょこりと顔を出した。
その何でも包み込んでしまいそうな笑顔を見て、私の涙腺は決壊してしまった。



とんとん、と一定のリズムで背中を叩きながら、伊作先輩は私の話…と言うか愚痴?をちゃんと聞いてくれた。

「好きで不運なんじゃないんです…」

「うん、知ってるよ」

「わた、私だって、ちゃんと注意して避けようと思ってるのに…」

「そうだね、知ってるよ」

「皆に迷惑かけてるって思ってるからこそ、気をつけてるのに、あ、あんな言い方しなくったっていいじゃないですかぁ…」

「………」

べそべそと情けなく泣きながらそう言うと、伊作先輩がふと無言になった。
どうかしたのかと思い顔を上げると、何故か伊作先輩は酷く悲しそうな顔をしていて、私は何かまずいことでも言ったかなと首を傾げる。

「…悪かった、よ」

「………は!!?」

突然、今までとは全然違う人の声が伊作先輩から発せられて、私は思わず固まる。どういうことだと理解ができないまま、まじまじと伊作先輩を見つめていると、伊作先輩…いや、伊作先輩“だった”人はべりと突然顔を剥いだ。
優しそうな顔をしたから覗いたのは、やっぱり優しい顔。だけど、どこかばつが悪そうにそっぽを向いている。

「は、鉢屋…三郎…なんで…」

「………言い過ぎたかなと思って、様子見に来た…」

ぐちゃぐちゃの頭で、彼の言葉を何とか整理する。ちょっと待って、あれ、どういうこと?今までの伊作先輩は鉢屋三郎で、私今まで伊作先輩に泣き付いて…
そこまで考えて、私の頭からボンと湯気が出た。
なんという恥ずかしい失態を、よりにもよってこんな奴に見せてしまったのだろうか…気付かなかったとはいえ、なんという不運…
ぐるぐると混乱しながらも赤い顔でうんうん唸っていると、鉢屋三郎は更に驚くべきことを告げた。

「…実はな、今まで不運に見舞われたお前を助けてたの、あれ全部私なんだ」

「はァ!!!?」

な、なに!?どういうこと!?つまり、私は不運に見舞われたときにずーっとずーっと色んな人に化けた鉢屋三郎に助けられていたと、そういうこと!?
どうしてかはわからないが、ますます赤くなってしまった顔を覆いながら、指の隙間から鉢屋三郎の顔を伺う。
相変わらず仲の良い友人の顔をしてるにも拘らず、彼はしっかり彼だとわかる独特の笑みを浮かべて、その大きな手でそっと私の頭に触れた。

「その反応ずるいぞ。期待してしまう」

「あわ、あわわわ…」

とうとうオーバーヒートしてしまった私の意識はどんどんホワイトアウトしていくが、ただひとつ、明確に理解できたことがある。
それは、鉢屋三郎は所謂“ツンデレ”だということだ。



〜20140831 拍手御礼

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