いつもみたいに

どごごごご、と轟音を響かせて校庭を爆走する2つの萌黄弾丸。
そして少し遅れてそれを追いかける、同じく萌黄弾丸。
もはや忍術学園では日常茶飯事と化したその3つの追いかけっこは、広い広い学園敷地内を通過していく。

「こっちだー!!」

「違う!!左門違う!!食堂はそっちじゃない!!止まれ!!」

「そうだぞ左門、作の言う通りだ。食堂はあっちだろ」

「違う!!三之助も違う!!いい加減方向音痴を自覚してくれ!!」

ぎゃあぎゃあと喚きながらも走り続ける3人を、通りかかった生徒たちはまたかと苦笑交じりに見送る。
そんなギャラリーをちらりと見て、作兵衛は目頭が熱くなるのをぐっと堪えていた。
3年ろ組の名物…いや、迷物トリオ、なんて言われているのは知っている。
それはそれで構わないし、的を得ていると思う。しかし、作兵衛は時々、本当にちょっぴり、頭を過ぎってしまう考えにギリリと奥歯を噛み締めた。

どうして自分が

生来面倒見のいい性格の作兵衛は、これと言って左門と三之助の方向音痴の面倒を見るのを苦に思っていない。同室と言うこともあるし、友達だから、困っているなら助けてあげたいと思う。
それでも、本当に時々、こうして延々と追いかけっこをさせられると、迷子縄を離してしまった後悔とか走り続ける疲労感だとか話を全然聞いてくれない苛々とかが作兵衛の中でぐるりと渦を巻いてしまうときがある。
そして、そんなことを少しでも考えてしまった自分に対して、嫌悪感が沸く。
自分の中に生まれた汚い感情に怯えて、作兵衛の瞳が揺らぐ。
その時、相変わらず妙ちきりんな方向に走り続ける左門と三之助の進行方向の廊下の曲がり角から人影が見えた。

「ばっ、止まれ左門!!三之助!!危ねぇ!!」

慌てて作兵衛が叫ぶと、走り続けていた2人がえ?と言って振り返ってしまった。完全に前方不注意。しまったと思いながらもどうすることも出来ない作兵衛は、一瞬先の大惨事を予想しぎゅっと目を瞑った。

「はい、そこまでですよ」

だがしかし、予想に反して激突音は聞こえてこず、代わりにどてん、という音が2つと楽しげな声が聞こえてきた。
恐る恐る目を開いてみると、廊下の曲がり角には木刀をくるりと回して優雅に笑うくノ一教室5年生の剣豪見習い(?)岩倉紅葉が立っていた。
どうやらぶつかる寸前に持っていた木刀で左門と三之助の足元を払い、衝撃を逃がしながらも2人を転ばせたようだ。

「慌てるコドモはローカで転ぶ、ですからね。怪我はありませんか?」

くすくすと楽しそうに笑いながらも、尻餅をついて呆然としている2人に手を差し伸べる。ひょいと2人を立ち上がらせた紅葉は、ぽんぽんと2人の頭を軽く叩いて、そのままとことこと作兵衛のほうへ歩いてきた。
それにはっとして、作兵衛はがばりと大袈裟なほどに頭を下げる。

「す、すみませんでした!!2人にはおれからしっかり言い聞かせますから!!」

「いや、そんなことはいいんだけれどね」

何度も何度も謝る作兵衛の顔を、まるで覗き込むように紅葉は廊下にしゃがみこむ。その行為が、作兵衛の心のどこかをちくりと刺した。
男の子とはいえ、作兵衛はまだ十二。成長期もこれからな彼と、女性にしては高めの身長の紅葉。彼女に対してこっそり恋心を抱いていた作兵衛は、そんな子ども扱いが堪える。
じわりと浮かんでしまった涙にますます顔が上げられなくなってしまった作兵衛がじっと自分の足元を睨んでいると、すっと伸びてきた白い手が顎を掴む。
剣豪を目指すんだとよく言っている紅葉は、その言葉に遜色無いよう時間があれば剣の稽古に励んでいる。そのため、一般女性や同じくノ一教室の子達の手とはまるで違う、血豆や切り傷があちこちに見える手をしていた。
しかし、懸命に夢を追いかけるその手が、作兵衛は好きだった。
そんな手が、彼の顎を掴んで、ぐいと強制的に顔を上げさせる。
そして開けた視界の先、目の前に、紅葉の整った顔。その綺麗な瞳に映るのは、情けなく泣きそうになっている見慣れた顔。
情けない、かっこ悪い、そんな想いが一気に溢れ作兵衛をぐるりと包み込む。
が、しかし。そんな作兵衛の心情は全くお構いなしに、紅葉はにっこりと笑った。

「作兵衛、出かけよう」

「…は?」

突拍子もないその申し出に、今まで色々と考えていた作兵衛はぽかりと口を開けて間抜けな声を出してしまった。

「だから、出かけよう。お団子は好きですか?あ、最近出来たうどん屋さんが結構おいしいと評判ですけど、そちらのほうがいいですか?」

「へ?え?あの…」

「それともお芝居とか?あ、確か今幻術師の方が見えてるんでしたっけ?」

「し、芝居?幻術?」

いつの間にか作兵衛の手をぎゅっと握り、にこにことあれはどうかこれはどうかと提案している紅葉。理解がまったくできずに混乱していると、柔らかな色を浮かべた彼女の瞳と視線がかち合った。

「………ねえ、作兵衛。そんな顔しないでください。いつもみたいに笑って。何を悩んでいるのか私にはわかりませんけれど、君が元気になってくれるなら、私はなんだってしますから」

そう言ってなんだか普段とはまったく違う微笑を浮かべる紅葉に、作兵衛の瞳から一粒の涙が零れる。そして、それと同時に彼のまだふくりとした頬に朱がさした。

「えっと、えっと…」

想いを寄せている相手にそんな言葉をかけられて、許容量を越えてしまった作兵衛は視線を彷徨わせながら無意識のうちに自分の装束をぎゅっと握る。
そんな彼の姿を見て、紅葉はぐっと何かを堪えるような表情をして、それでも堪えられなかったのか、堪りません、と呟いて作兵衛を抱き締めた。

「可愛い!!可愛いけどかっこいいですよ作兵衛!!」

「あわわわわ…」

「好きです!!私と付き合ってください!!」

「え、えぇ!!?」

突然の行動と告白に、作兵衛の顔がぼぼぼっと赤くなる。
ぶしゅう、と湯気まで噴き出してしまったがしかし、そこは男富松作兵衛。混乱はしているものの、赤い顔をしっかりと上げて、おれも好きです、と蚊の鳴くような声で彼女に告げた。
それを聞いて喜んだ紅葉と作兵衛の間に桃色の空気が流れ始めた。だが、今まで唖然としてその光景を見ていた左門と三之助が突然ばたばたと(珍しく真っ直ぐに)駆け寄り、左門は作兵衛に、三之助は紅葉に飛びついた。

「おれも!!おれも作が好きだ!!」

「俺は紅葉先輩が好きです」

ぎゅうぎゅうと団子状に密着して好き勝手に喚く左門と三之助。恐らく左門はちょっと理解していないと思われるが、そんな2人に作兵衛と紅葉は一瞬だけ顔を見合わせて、全員まとめてぎゅうと抱き締める。

「おれも左門と三之助が好きだ!!」

「私も左門と三之助が好きです。でも一等好きなのはやっぱり作兵衛ですけれどね」

満面の笑みでぎゅうぎゅうと抱きしめてくる2人に、左門は嬉しそうに笑って、三之助はちょっとだけ不服そうな顔をしていた。



その後、その幸せ団子を通りかかった食満留三郎が偶然発見し、俺も混ぜろと乱入してきて紅葉に(木刀で)斬られた。



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男前な富松はあちこちで見るので、ちょっとピュアにしてみました。うちの左門はちょっと足りない子です。だがしかしそこがかわいい!!
kuroa。様、リクエストありがとうございました



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