ご馳走様です
通常通り授業を終えた5年生たちは、各々委員会を済ませ、夕食までの間のんびりと談笑を楽しんでいた。
つい先日出掛けた実習の話、町に出来た新しいお店の話、所属する委員会の後輩の話…たまに廊下に笑いが響き、偶然通りかかった生徒たちは仲の良いその光景に頬を緩ませて通り過ぎていく。
「あはは、さすが勘右衛門だね」
「だろ?お団子一直線なんて勘ちゃんらしい」
「兵助だって豆腐一直線だろ」
雷蔵が湯飲みを持ったまま笑い、話していた兵助が笑顔で頷く。それに対して茶々を入れるのはツッコミ体質の八左ヱ門。
けらけらと楽しそうな笑い声の中、ふと、突然三郎がにたりと笑って兵助の肩を叩いた。
「そういえば、兵助。お前岩倉紅葉先輩とは最近どうなんだ?」
「なんだよ急に?」
「いやあ、そろそろ別れたかなと思ってな」
三郎の言葉に兵助は眉を顰め、それを見た雷蔵が困ったように眉を下げて三郎をたしなめた。
その一連の流れを見ていた勘右衛門が、こてんと首を傾げて問い掛ける。
「三郎、まだ先輩のこと狙ってたの?」
「そう言う勘右衛門だって虎視眈々と狙ってるんだろ?」
ニヤニヤと読めない笑みで視線を合わせている三郎と勘右衛門をちらりと見て、兵助はまた始まったとばかりに大きな溜息を吐いた。
岩倉紅葉…くノ一教室最上級生で、将来は女だてらに剣豪になると豪語し、日夜剣の修行に明け暮れている。剣術指南の戸部先生も舌を巻くほど、その腕は立つ。そして、半年ほど前、兵助と恋仲になった女性だ。
当時はかなり噂になって、兵助も大変な思いをしたのはまだ記憶に新しい。
彼女はくノ一教室でかなり人気があるのだ。凛とした態度、誠実な性格、己の力に自惚れることもなく、更に成績は優秀。
加えて腰まで届く癖のない綺麗な髪と、完璧に整えられた顔、女性にしては高めの身長。
完璧を体現した彼女。そんなくノ一教室の王子様のような彼女と恋仲になった兵助は、長らくくノ一教室全員に敵視され肝を冷やす日々を送った。
そんなことがあったからこそ、三郎と勘右衛門は面白がってちょくちょくこの話題に触れてくる。
「兵助、どうした?」
少しだけ物思いに耽ってしまった兵助の肩に、ぽんと大きな手が置かれる。
はっとして振り向けばきょとんとした八左ヱ門の顔が目の前にあった。
「なんでもない、大丈夫」
にこりと笑ってそう言うと、雷蔵が苦笑いを滲ませながら小さな声で耳打ちした。
「あの2人のことは気にしなくてもいいよ?どうしても気になるって言うなら、僕から叱っておくから」
「はは、それは効果がありそうだ。でも、本当に大丈夫だから。ちょっと今日の夕飯に豆腐出るか考えてただけ」
そう言って、兵助は人一倍おせっかいで優しい友人たちにこれ以上心配を掛けまいと笑った。つられるように笑顔になった雷蔵と八左ヱ門が、安堵の息を吐いたその時、彼らのいる廊下の端から凛とした声が響いた。
「兵助、いるか?」
声からでもきりりとした人柄が滲み出るような、そんな呼び声に兵助が振り返ると、そこには愛刀を抱えた岩倉紅葉が立っていた。
「あ、はい」
しっかりと返事をして、彼女の元へと駆け寄っていく兵助を見て、三郎と勘右衛門がにたりと妙な笑みを浮かべる。
明日の授業で使用する火薬のことについて話をしていた2人の会話に一段落ついたところを見計らって、勘右衛門が元気よく右手を上げた。
「紅葉先輩!!告白はどっちからしたんですかぁ?」
全く空気を読めていない勘右衛門の言葉に三郎は大笑いしているが、雷蔵と八左ヱ門は見事にずっこけた。
突然何言ってんだよこの雰囲気クラッシャー!!と怒鳴ろうとした八左ヱ門が大きく息を吸ったところで、きょとんとしていた兵助と紅葉は顔を見合わせ
「私だが?」
あっけらかんと、紅葉がそう言い放った。
素直なレスポンスが返って来たことでテンションが上がったのか、勘右衛門はその大きな瞳をキラキラと輝かせ、止められる前に矢継ぎ早に疑問を口にした。
「兵助のどこが好きなんですか?他に気になる人はいなかったんですか?兵助の豆腐好きをどう思っていますか?兵助が浮気してたらどうしますか?俺たち5年の仲なら誰に乗り換えまむぐぐっ!!」
2人が仰け反ってしまう勢いで質問攻めしていた勘右衛門の口を、やっとの思いで八左ヱ門が塞ぎ、雷蔵がぺこぺこと頭を下げる。
「か、勘ちゃん?突然どうしたのだ?」
同室の変貌ぶりに、兵助が思わず呟いた。しかし、隣に立つ紅葉はこれと言って表情を変えず、顎に手を当てて視線を斜め上に向け、何かを思案するような顔をしてゆっくりと口を開いた。
「兵助の好きなところ…」
「あ、答えるんですか?」
「まず、努力家なところは尊敬している。それから、なんにでも真面目に取り組むところも長所だと思う。好きなものを好きだと言う素直なところも好感を持てるな。人間的にも異性的にも、兵助は全体的に好印象だ。
兵助以外に気になる異性は特におらん。
豆腐は体に良いし、加工が容易く携帯にも便利だ。栄養がある分忍者食として非常に重宝すると思う。したがって、兵助の豆腐好きは見習うべきところだな。
それから、尾浜勘右衛門。兵助は、絶対に浮気はせん。
よって、乗換えなど考える必要は一切ない」
一体どこで息継ぎをしたのかもわからないほどつらつらと語られたその言葉に、5年生全員がぽかんと口を開けて呆ける。
唯一、べったべたに褒められた兵助はその頬を仄かに染め、恥ずかしそうに小さく笑っていた。
「質問は以上か?では、兵助。また明日、よろしく頼む」
そう言ってにこりと笑い、兵助の頭をそっと撫で、紅葉はきびきびと廊下を歩いて行った。
暫く彼女の去った方角を呆然と見ていた4人だったが、小さく八左ヱ門が呟いたのを皮切りに各々深く息を吐く。
「かっけぇ…」
同意するように3人が頷いた。
それを見ていた兵助が、その大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ首を傾げる。
「でも紅葉先輩、可愛いところもあるよ?実は甘えん坊だし、ちょっとしたことですぐ泣いちゃうし」
爽やかな笑顔の兵助から零れ落ちた言葉に、八左ヱ門と雷蔵は苦笑いをして、三郎と勘右衛門に至っては物凄い顔で地面に唾を吐き捨てながら呟いた。
「「「「ごちそうさま」」」」
−−−−−−−−−−−−−−−
訂正を頂いたのですが、もう書き上がっていたのでちょっと手直しして晒すことにしました。きゃっw
kuroa。様、もし宜しければ合わせてどうぞ
[ 129/141 ]