ヒエラルキー
忍術学園一優秀な私、平滝夜叉丸。その才能から下級生にも頼りにされ尊敬され…って、こら、聞け!!ブラウザバックしようとするな!!
ごほん。ともかく、私は今、困っている。
「…お願いします、滝夜叉丸くん…」
「そう言われてもなぁ…」
先程から私の前でずっと頭を下げ続けているこの少女。名前は岩倉紅葉。くノ一教室の4年生で、私の幼馴染。
小さな頃からずっと私の背中に隠れて育った紅葉は、物凄く気弱。
見かねた両親が私と共に忍術学園へ入学させたのだが、その性格は一向に直らず、しかし私から離れたくないと必死に進級して今に至る。
その根性を別方向に生かせばいいのだが、どうもそれができんらしい。
「もうこれしか方法がないの…でないと、私、私…」
ぐずぐずと泣き出してしまった幼馴染に、何とかしてやりたい気持ちが湧いてくる。だがしかし。
「大袈裟だ。山本シナ先生に弱気を指摘されただけだろう?それよりもお前が出した結論のほうが問題だろう」
この世の終わりみたいな顔をしているが、どうせ先生に『なんとかしないとねぇ』とか言われただけだろう。それなのに何故、どうして。
「6年生の武闘派を強気になる参考にしようなどと思ったのだ…」
「だって…やっぱり好戦的な人って強気じゃない…だから…」
「だからって…はぁ。1人で頼みにも観察にも行けないなら諦めろ」
「そんなぁ…お願い、お願い滝夜叉丸くん!!一生のお願い!!」
「お前の一生のお願いは何度あるんだ!!」
「ど、怒鳴らないでよぉ…!!」
びくびくおどおどしながら、涙を滲ませて尚引き下がらない紅葉。何でもすぐに逃げ出して投げ出してを繰り返してきた彼女の本気を悟り、私は覚悟を決めて肩を落とした。
「…はぁ…わかった。わかった。で、誰を観察するんだ?潮江先輩か?中在家先輩か?」
「え…えっと…潮江先輩はすぐ怒鳴って怖いし、食満先輩も同じだし、中在家先輩はそもそも存在が怖いし…」
「お前結構酷いな…」
「一番いいのは七松先輩だと思うんだけど、どうかな?」
それを聞いて、私は腕を組んだまま勢いよく噴き出した。
「ななな七松先輩ィ!!?おま、お前、本気か!?」
「だって、七松先輩は怒鳴らないし、顔も怖くないし…何より滝夜叉丸くんと同じ体育委員会だから観察しやすいかなって…」
そう言って暢気に笑う幼馴染をまじまじと見て、既に暗雲どころか雷雲立ち込め始めた暴君観察を想像し、私はがっくりと項垂れるのであった。
想像できると思うが、幕を開けた紅葉の暴君観察はそりゃ酷いものだった。
勿論七松先輩の勝手気ままっぷりを知らなかった紅葉にも非はあるが、アイツの臆病さはもはや一週まわって拍手ものである。
いけどんマラソンにこっそりついてくれば迷子になるし、塹壕を掘ればそのスピードに驚いて気絶。バレーボールが顔面に当たって気絶。観察がばれた時は背後から声を掛けられ気絶。気絶。気絶。気絶。数えるのも途中でやめた。
あまりにもパタパタと倒れるもんだから、七松先輩も面白がって驚かす悪循環。
さすがにこれでは紅葉の心臓に負担がかかると思い、彼女には内緒で、七松先輩に本当のことを話した。
大して興味なさげにふぅん、とだけ呟いた七松先輩は通常運転で安心していた。
そんなある日、マラソンが終わった後、最中に盛大に転んだ2年生の四郎兵衛の傷を洗ってやっていた時、珍しいことに縁側に座って落ち込んだ様子の紅葉と、一足…いや二足三足先に学園に戻っていた七松先輩がなにやら話しているのが見えた。
視界の隅で少しだけ気にしつつ、四郎兵衛の膝小僧にできた痛々しい傷に砂が残らないように洗っていると、久し振りに聞く紅葉の怒鳴り声が響いた。
驚いて視線を向けると、縁側でしゃがんでいる七松先輩に怒鳴り散らす紅葉の姿。いっぱいの涙を溜めて、それでもよほど我慢ならないことがあったのか、大きな声で怒鳴り、挙句の果てに七松先輩の頬に平手の一撃を食らわせ、そのまま彼女はどこかへ走り去って行った。
呆然としている七松先輩を見て、私は慌てて四郎兵衛に医務室に行くよう指示し、縁側に向かって走った。
「七松先輩!!幼馴染が大変失礼を…」
「滝…」
いくら何でも先輩を叩くなんて、と紅葉の代わりに慌てて頭を下げると、七松先輩は叩かれた頬を押さえながらしゅんと眉を下げて今しがたあったことを教えてくれた。
七松先輩曰く、今日は珍しくマラソンに紅葉の姿が見えなかったので、少し気になり、学園に戻ったらどこか落ち込んだ様子の彼女が居た。
話を聞くと、やっぱり私は駄目だとかこんな自分大嫌いだとか泣き言を言っているので、ついいつもの調子で駄目と言う奴が駄目だとか嫌なら止めてしまえとか言ったらしい。すると、突然彼女が怒り出し、泣き出してしまったと。
私はその話を聞いて、相変わらず人の心の機微に鈍感な先輩に対してとほとんど八つ当たり状態の幼馴染に、大きな大きな溜息を吐いた。
とにかく、彼女が叩いたことを詫び、私はアホらしくなってその場を去った。
だがしかし、驚くべきことが起こるのは、その翌日からだった。
何と、あんなに紅葉に興味を示さなかった七松先輩が、彼女に四六時中べったりになったのだ。勿論気弱な彼女はそんな暴君にビビりまくりで、かなり迷惑している様子だが。
まわりをうろちょろする七松先輩に、紅葉は迷惑だと怒る。
そんな光景に、やれば出来るじゃないかと思いながら食堂でランチを食べていると、背後からがちゃんと大きな音がして振り返った。
「ああぁぁぁ!!な、七松先輩!!ななな何してるんですかぁ!!」
「ご、ごめん!!」
「ごめんじゃないですよ!!だからあれほどうろちょろしちゃいけませんって言ったのに!!食堂では大人しくしないとだめです!!」
「ご、ごめんなさい!!」
「もう知りません!!あっち行ってください!!」
「そ、そんなぁ!!待って紅葉、待って!!」
「来ないでください!!あっち行ってください!!」
背後で繰り広げられたそんな一連のやりとりに、私は思わず箸を落とす。
あれは一体誰だ?何事だ?どうしてあれほど気弱な幼馴染が怒鳴り散らし、暴君とまで謳われる七松先輩が泣きそうな顔で必死に謝っている?
七松先輩が落としてしまったらしい紅葉のランチを大慌てで片付けながら、新しいランチを購入しまるでご機嫌をとるように彼女に差し出すその姿を、私も、食堂に居た生徒たちも凝視している。
「ポメラニアンに頭の上がらないライオン…」
誰かが零したその呟きに、言い得て妙だなと思いながら、私は厄介ごとに巻き込まれないうちに食堂を出た。
それからすぐ、くの一教室の4年生(紅葉)が七松先輩に対して下克上成功したという噂が学園中に広がり、彼女は忍術学園最強の称号を手に入れたのだった。
「滝夜叉丸くーん!!何とかしてぇ!!」
「止めろ!!私を巻き込むな!!」
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犬の躾は勢いと気迫が大事。滝を苦労性に出来て大満足です。
おこげ様、リクエストありがとうございました
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