ときめき善法寺伊作


「今日は、満月か」

ぬるりとした生暖かい風が、風呂上がりの私の肌を撫でつけていく。
火照った肌を冷やすことなく通りすぎる風を不快に思いながらも、私は静かに長屋の屋根の上に腰を下ろした。

「…もうどれくらい、顔を合わせてないのかな」

誰にでもなく、一人小さくそう呟いて、立てた膝に顔を埋める。
ほわりと頭に浮かんだ、柔らかな微笑み。
少し色素の薄い瞳と、それと同じ色の癖のある髪。
恋仲であるが、なかなか逢えない青年の笑顔を思い浮かべ、長い溜息をこぼす。

「ごめん、か…」

溜息と共にこぼれた言葉に、思わず自嘲の笑みも漏れた。
恐らく最後に顔を合わせたであろう一月ほど前、彼は相変わらず優しい笑顔で後輩達と医務室にいた。
その日は委員会が終わったら久々に一緒に夕餉を取り、ゆっくり話をしようと約束していた。
それなのに、それなのに彼は。

「突然強風が吹いて薬草が飛ばされて拾おうとしたら廊下から落ちて、何故か近くにあった物干し竿が倒れてきて頭に当たって驚いて手をついて起き上がったらそこに落とし穴があって落ちて気を失うとか、何の冗談よ…」

更にその後飛んでいった薬草が大変貴重で高価な物とわかり、再度調達の為にはバイトしなきゃいけないとかで授業の後にみっちりバイトに出掛けて、やっと調達が終わったと思ったら学園長から長期忍務を言い渡されて、彼は慌ただしく学園を出て行った。

「馬鹿みたい」

そう呟いて、空を見上げる。
大きくて丸い月が、そこにあるだけ。
じっとそれを見ていたら、急に喉の奥が締め付けられるような痛みに襲われ、目の奥が熱くなる。

「馬鹿、みたい」

これっぽっちの期間、顔を見てないってだけなのに。
これまでも、これからも、こんなこときっといつだってどれだけだって起こるのに。

「…淋、し…」

無意識のうちにこぼれてしまって、音になった途端、私の中で燻っていた厄介な気持ちが大きくなったのを感じた。
それと同時に、ポツリと一粒、雨が私の腕を打つ。

今の今まで大きな満月が見えていたのに、と思い空を見上げる。
そこには相変わらず、うざったいほど大きな月。
雲ひとつないその空に首を傾げると、またポツンと雨が降る。

「や、…」

そして理解した。
雨などではなく、涙なのだと。
必死に止めようと上を向き、歯を食いしばる。
その時視界に写った一つの影。
影は私を見つけると、ひょいと地面を蹴って屋根まで上がってきた。

「…報告は」

「まだだけど」

久々に聴く穏やかなその声色に、益々勝手に涙が溢れる。

「…何よ」

「泣いてるの?」

影はそう問いかけ、私の隣に腰掛けた。そしてごしごしと袖で目を擦る私の腕をやんわりと掴む。

「腫れちゃう」

私の明日を案じてくれた優しいその声。でもどうしてもこんな顔を見られたくなくて、私は腕を顔に押し付けたまま唸った。

「なんで、ここに来たの」

素直じゃない私の吐き捨てるようなその言葉に、影…忍務から戻ったばかりであろう善法寺伊作は苦笑した。

「淋しがってるだろうなと思ってね」

「………」

珍しく意地悪な彼の言葉に、驚きのあまり涙が止まった。
きょとりと目を見開いて顔を上げると、やはりそこには意地悪そうな微笑みを浮かべた伊作がいて。

「何よ、それ」

自信満々な先程の言葉に悔しさがこみ上げてきて、彼を睨んでからそっぽを向いた。

「ん?会いたくなったとでも言って欲しかった?」

クスクスと笑いながらそう言った彼だが、その腕はしっかりと私の腰を抱き寄せていて、久々の温もりにまた涙が溢れそうになる。

「馬鹿、じゃないの」

悔し紛れに呟いてみたものの、心はしっかりと満たされていった。

〜20140630 6年は組の日記念拍手

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