ときめき中在家長次

(『その女、凶悪につき』夢主)

さらりとした長い髪を風に踊らせて、廊下を歩く。
彼女が向かう先は、忍術学園の図書室。
誰もが振り返るような美貌を持つ彼女の心を占めるのは、ただ一つだけ。

「今日こそ…」

そう小さく呟いて、何かを決心するように拳を握りしめる。
静まり返った廊下で、これまた静かな図書室の扉の前に立ち、彼女はごくりと喉を鳴らした。
忍術学園くのいち教室の最上級生に属する、自称学園一の優秀さを誇る彼女は今日、この図書室の主とまで言われる沈黙の生き字引、中在家長次にあることを告げに来た。

「失礼します」

小さな声でそう言って、図書室の扉を開く。
夕日に照らされた静かな図書室には彼女の予想通り、仏頂面の中在家長次1人が音も立てずに図書カードの整理をしていた。
ちらりと一瞬だけ視線を彼女に向けたが、彼はさほど興味ないとばかりにまた視線を図書カードへと落とす。

実は、彼女はもうかなり前から、彼に対して熱烈なアプローチを繰り返していた。
4年生の平滝夜叉丸の姉である彼女のその行動はいつのまにか学園中の噂となり、もはや名物と言っても過言ではない。

「あ、あの…あの…」

「図書室では…静かに…」

本題を切り出そうとした彼女の言葉を、長次は小さな声で遮る。
名物となった原因の一つである、彼女に靡かない態度、なるものだ。
彼女の魅力はそれはもう、プロの忍者にも通用するのではないかという壮絶な色香。それに加え彼女自身の見目が大変麗しい…にも関わらず、中在家長次は一切興味を示さず、彼女の告白に耳も貸さない。

「ご、ごめんなさい」

蚊の鳴くような声で謝罪する彼女を見向きもせず、ひたすら委員会の仕事に熱中する彼。

「…何か、用か」

「……あ…」

彼女は長次に冷たく問われ、思わず固まる。
何度も何度も本気で告白し、何度も何度も冷たくあしらわれ…上手く隠してはいるが、彼女の心はとうに満身創痍。
浮かんでくる涙を何とかごまかし、そろそろ潮時か、と半ば諦めなんでもないと呟いて踵を返し図書室の扉に手をかけた。

その時

「…今日は、言わないのか」

耳に届いた低い声に、ピクリと手を揺らす。
ゆっくりと振り向けば、目の前には中在家長次の傷だらけの頬が飛び込んだ。
内心驚きながらも、なんとか、冷静を装い、もういいの、と呟く彼女の顔のすぐ横、図書室の扉に、長次の大きな手が驚くほど大きな音を立てて叩きつけられる。

「…やはり、…」

何かの、遊びか…そう呟かれた彼の言葉に、彼女は頭に血が上った。

「馬鹿にしないで!!」

思わずそう叫び、目尻に浮かんだ涙をそのままに彼を睨みつける。

「…なら、何故今日は、何も言わない…」

「何を言っても聞いてくれないのは貴方じゃない!!いつもいつも冷たくあしらって…いくら私が強いからって…何をされても傷付かないと思わないで頂戴…!!」

感情の高ぶりとともに流れた一筋の涙に、普段無表情な長次の顔に動揺が広がった。
くるりと身を翻し、図書室を飛び出そうとした彼女。
その細い体を、伸びてきた逞しい腕がしっかりと拘束した。

「やっ…!!」

すっかり混乱してしまった彼女は必死に抵抗するも、鍛えられた長次の腕を振りほどくことが出来ない。
涙ながらに彼を睨みつけると、先程まで無表情だった彼はついぞ見たことのない優しげな微笑みを浮かべ、彼女を抱き締めた。

「…遊びだと、騙されるなと、何度も自分に言い聞かせた…」

抵抗をやめない彼女の耳元で、長次はそう呟く。

「…お前のような美しい女が、私みたいな男に惚れるはずがないと…」

「…そ…私、は…」

ポロポロと涙を零しながら、どうしたらこの想いが彼に伝わるのかと彼女は必死に考える。
そんな彼女の涙を、長次は親指でそっと拭ってやり、普段からは想像も出来ないほど意地悪な声で、彼女に囁いた。

「私のことが好きなのだろう?」

驚きつつも、その囁きに頷いた彼女の柔らかな唇に、そっと指を這わせ、長次はゆっくりと頷き、私もお前が好きだ、と恥ずかしそうに笑った。

〜20140630 6年ろ組の日記念拍手

[ 17/141 ]