気紛れロマンス

※孫兵の生まれ捏造
※夢主が特殊能力者っぽい
※オリキャラ(名前だけ)登場します






世界を赤く染める夕暮れ時。
ちょっと早いけど食堂に向かおうと思った私は渡り廊下を歩いていて、珍しく校庭の片隅に佇む3年い組の変わり者、伊賀崎孫兵を見かけた。
いつもは生物委員会委員長代理と愛蛇を探しているか、毒虫を探しているか、はたまた友人と共に忍術学園“迷”物の迷子コンビを探しているか…とにかく何かを探していることが多い彼が茫然と立ちすくむその姿が本当に珍しくて、私は彼の名前を呼んだ。

「おーい、そこの3年い組生物委員会所属の爬虫類野郎ー!!」

間違えた。名前ではなく通り名を叫んだ。
そんな呼び掛けにも関わらず、彼はいつものように整ったお顔をくるりと私のほうに向ける。

「…何か御用ですか、くノ一教室5年生の岩倉紅葉先輩」

そのつっけんどんな言葉に、相変わらず綺麗なお顔ね、なんて嫌味のひとつでも叫ぼうとした私の言葉は、ぐっと喉の奥へと引っ込み、代わりに驚いた声が漏れ出していた。

「どっ、どうしたそれ!!」

まだ成長途中の、それでも将来美形を確約された彼のとても綺麗に整ったお顔の一部、頬のところに、まぁくっきりとした紅葉型の…はっきり言うとビンタの後が残っていた。
彼は特に気にした様子も無く、あぁ、と呟いて熱を持つ頬に手を当てた。

「さっき、委員会終わりくらいかな…くノ一教室5年生…丁度岩倉先輩の学友であらせられる蛇川撫子さんに、思い切りぶたれました」

感情の篭っていない声で告げられたそれに、私は眉を顰める。
蛇川撫子…は確かに私と同い年の学友だが、くノ一教室ではある意味有名な彼女。
容姿端麗な美少女…というのもあながち嘘ではないが、しかしその性格はカスというかクズ同然で、ひん曲がった根性を矯正させるため両親がこの忍術学園へと入学させたが、どうしても男の比率が多いこの学園。その美しい容姿で入学当初は持て囃され、結局矯正どころが助長を招いてしまったと聞いている。
勿論今は学園中にその噂が蔓延し、彼女を良く思う男などいないが。
そんな学友…というよりも正直にいけ好かない女の名前を聞いて、私はおおよその状況を把握した。

「…伊賀崎、こっ酷く振ったな?」

苦笑いして、彼の頬に手を伸ばしたら、彼の首に巻きついていた赤い蝮が鎌首をもたげて私を威嚇してきた。

「あ、危ないですよ。ジュンコは今もの凄く気が立ってるので、多分噛みます」

やはり感情が少しも篭っていない声で、平然とそう言ってのける伊賀崎。
しかし私は気にせず、ジュンコと呼ばれた赤蝮がガパリと口を開いて待ち受ける中、彼の顔へと手を伸ばし、腫れた頬に触れた。

「おーおー、こりゃ随分な力で叩かれたなぁ」

ケケケ、と笑いながらそう言うと、先程とは違って驚いた目をした伊賀崎が信じられないとでも言うように凝視してきた。

「ど…どうして噛まれないんですか?」

「噛まれる前提で考えるなよ物騒だな」

じろり、と伊賀崎を睨みつけ、彼の頬からジュンコと呼ばれた赤蝮の小さな頭に手を移動させる。
そしてそのまま爬虫類特有のひやりとする赤い体を、伊賀崎の頬へと押し付けた。

「ほれ、ジュンコちゃんに冷やしてもらえ」

私がそう言うと、赤蝮は従うようにするりと伊賀崎の頬の腫れた部分に体を押し付け、そのまま彼の後頭部をくるりと巻き込んで私の方を向いた。
伊賀崎の目は大きく見開かれ、珍しいその表情に何だか笑いがこみ上げる。

「どうした伊賀崎、そんな驚いた顔をして」

「だ、って、ジュンコは…いえ、ジュンコというか爬虫類は人に慣れても決して懐かない生き物です…さっき蛇川先輩も、僕が止めたにも関わらずジュンコに触れようとして噛まれそうになって…僕が叩かれて気も立ってたのに、なのに…」

「あー…ジュンコは伊賀崎に懐いてんじゃん」

「僕はそういう血筋ですから、別次元ですよ、生物委員会委員長代理の竹谷先輩だって生物の扱いに慣れてるだけで、だからジュンコの気が立っている時は決して手を出したりなんてしません」

「ふーん、そうなんだ」

伊賀崎の生まれなんて初めて聞いたが、興味がないので私は適当に返事をする。
しかし伊賀崎は気になるのか何なのか、私の顔をずーっと凝視してくるので、居たたまれなくなってくる。

「………なんだよ」

「あ、すみません。どうしてだろうと思ったら気になって…」

先程の驚いた顔はやっとなりを潜め、いつものように感情の篭らない声で呟いた伊賀崎に、というか伊賀崎の爬虫類への愛に、大きく溜息を吐いた。

「…お前、私の“通り名”知ってる?」

微妙な笑顔を向けてそう問いかけると、彼は首を傾げた。

「“カガチの紅葉”…って、竹谷とかから聞いたことないか?」

私の言葉に緩く首を振る。その否定を、少しだけ嬉しく思った。

「…そか、竹谷も他の5年も、約束通り黙っててくれてるんだ…」

にひ、と口角を上げて、私は顔の前でパン、とひとつ手を打った。
突然の行動に首を傾げ続けている伊賀崎だが、その無表情は見る見るうちに驚きへと変わっていった。

「…さっきお前が言っていた言葉、ひとつ訂正しよう。竹谷はな、あいつは生き物の扱いに慣れてるんじゃない。生き物との信頼関係を築くのがとてつもなく早いんだ」

ざわざわと木の葉が擦れる音が大きく響く。

「伊賀崎、お前の血筋って、毒を持つ生き物に愛されるってことだろ?」

「…はい、そうです。僕は一族の中でも特に顕著でしたけど…」

ずりずりと砂と鱗の擦れる音が耳につく。気付けば私の足元は地面が見えなくなるほど、夥しい数の蛇に埋め尽くされていた。

「私はな、実は蛇を使役する家系の生まれなのだよ」

いつの間にか伊賀崎の首から私の首へと移動していた赤蝮をそっと撫でて、私は手を広げて笑ってみせる。
背後の木にも、体にも、足元にも、蛇 蛇 蛇
何処にそんなに居たんだっていうくらい、私の体に纏わりつく蛇の軍団。
以前5年生と出掛けた合同実習で、運悪く忍び込んだ先でプロのお抱え忍者に見付かり、仕方なしに森の中で蛇たちに助けてもらった。
まぁでもあんまり見目がいいものでもないし、やっぱちょっと普通と違うから、居合わせた5人には黙っててねってお願いしていたんだけども。

私はもう一度手を打ち鳴らす。すると蛇たちはするするとあちらこちらへ散っていき、地面には蛇の這いずった痕だけが残った。
疑問を解消してやったけどちょっと引いたかな、なんて思って伊賀崎を見ると、彼は瞳をこれでもかとキラキラさせて私を見ていた。その表情に逆に引く。

「な…何かなその目は…」

「凄いです!!紅葉先輩にこんな力があったとは!!」

さっきまでの無表情無関心は何処へ行ったと聞きたくなるくらいに、ぎゅっと私の手を握り締めて、伊賀崎は眩しいキラキラ光線を遠慮なく私に打ち込む。

「あー…伊賀崎くん。君の整ったお顔からその光線は非常に心臓に悪いんだけど、っていうかいい加減医務室行こうよ頬凄い腫れてきてるよ?」

「是非今度僕と蛇について…蛇じゃなくてもいいですけど、お話しませんか!?いえしましょうそうしましょう!!」

「ちょちょちょっと落ち着いてくれないかなキャラ変わってるよ?」

「ジュンコも紅葉先輩ともっとお話したいって言ってますから!!」

そう言われてみると、赤蝮…や、ジュンコちゃんの瞳も同じようにキラキラしてる。
あちゃー、と額に手を当てて、私は自分の軽率さを後悔した。
私の家系は蛇を使役する。原理はさっぱりわかんないけど、それはもう強制的に。そして私は伊賀崎と同じように、一族の中でも顕著なのだ。
そして爬虫類大好き野郎の伊賀崎が、そんな私の能力を気に入らない筈がない。
ほんの気紛れで声を掛けたこの後輩に、異常に懐かれてしまった私は頭を抱えたままぐいぐいと袖を引かれるままに食堂へ向かう

「ってちょっと待った。医務室が先だろ」

足を止め、私より幾分か低いその首根っこを引っ掴み、医務室へと踵を返した。

「っつーか伊賀崎、お前なんて言って蛇川振ったの?」

「え?あぁ、名前は好きですよって」

「そりゃ引っ叩かれるわ…」







呆れながらもそう笑う私が、数年後伊賀崎の姓を名乗り戦場で彼と共に名を馳せるなど、この頃は想像すらしていなかった。


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