そんな無邪気に触れないで

「いけいけどんどーん!!」

お馴染みとなった掛け声を叫び、七松小平太率いる体育委員会が学園の校門を飛び出した。

「はぁ…お前たち、行くぞ」

まるで弾丸のような委員長に続き、三之助の迷子防止縄を持った滝夜叉丸が後ろの後輩を気遣いながら走り出す。

「うーっす」

「「はい!!」」

それに気だるく返事をして三之助が(案の定)あらぬ方向へと走り出し、四郎兵衛と金吾が気合を入れて返事をし、先輩の背を見失わないようにとついていく。


そんないつも元気な体育委員会の背中を遠くからこっそり見送り、私は薬草を積むために薬草園へと踵を返した。



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「よし、これくらいでいいかな?」

薬草園で1人そう呟き、籠に入ったたくさんの薬草を一瞥して、私は立ち上がり曲げっぱなしで悲鳴を上げていた背中をうんと伸ばす。
深赤色の装束にところどころ付いていた土を軽く払い落とし、明日の授業で使う薬草を入れた籠を抱えて、担任の山本シナ先生を探すべく職員室へと向かった。

丁度校門を通りかかった時に、行きがけに見送った体育委員会の面々が死屍累々で倒れているのを見つける。
各々ぼろぼろで、今日も過激な活動だった様子が伺えて、私は小さく笑って進行方向をくるりと修正した。

「お疲れ様」

「あ…くのいち教室、5年生の、岩倉紅葉先輩…」

「説明的な台詞は呼吸が整ってからでいいよ、滝夜叉丸」

地面に倒れたままはひはひと苦しそうに、滝夜叉丸がなんとかへこりと頭を動かした。挨拶だろう。きっと。

「七松先輩、今日も絶好調ですね」

そんな彼の様子を見て、私は暴君と呼ばれる七松先輩が今日も安定の暴君っぷりを発揮したのだろうなと苦笑して先輩を見る。

「私はいつでも絶好調だ!!」

はははは、と元気よく笑う七松先輩に連れまわされた後輩たちを哀れに思った私の目に、ちらりと珍しい赤色が映った。

「あら、七松先輩…可愛いの付けてますね?」

「ん?あぁ、これか!!途中で金吾が見つけてな、くれた!!」

とても嬉しそうにそう言って、七松先輩は自身のライオンのたてがみの様な髪の毛から一輪の花を抜き取った。

「へぇ、山茶花ですか。綺麗ですねぇ」

七松先輩の差し出した花を、うっとりと見つめる。そしてもしかしてと思い周囲を見れば、体育委員会の全員が山茶花を帯や頭巾につけていた。

「あらあら、体育委員会は仲良しですねぇ」

あまりにもほのぼのとしたその光景に、思わず笑みが零れる。
すると滝夜叉丸がすっと立ち上がり、マラソンの余韻か頬を少しだけ染めて、彼の綺麗な髪の結び目に飾ってあった山茶花の花を抜き取った。

「よ、よろしければど「岩倉紅葉せんぱい」」

もじもじと何かを言いかけた滝夜叉丸の前に、突然青い物体が私の名を呼び飛び出してきた。

「あら、君は2年生?」

「はい、あの、これ…どうぞ…」

そう言って小さな手に握り締めた山茶花を差し出した。
私はその花と青い頭巾からはみ出したふわふわの綿毛のような髪を交互に見る。
柔らかそうな灰褐色の髪から覗く彼のまだ幼い顔は赤く染まっており、ふくふくとしたほっぺと潤んだ瞳が愛らしい。
上級生である私に緊張しているのか、小刻みに震える手がいじらしくて、私はにっこり微笑んで彼から花を受け取ろうと手を伸ばした。

しかし、伸ばしたその手は彼に触れることなく。
逆に小刻みに震える彼の手が、そっと私の頬に触れた。

「ぁ…ぇ…?」

ほんの一瞬だけ触れた彼の手が、とても熱くて、思わず頬に手をやると、指の先にしっとりした感触が触れた。
そのままそれを辿ると、こめかみに一輪の山茶花。
思わず呆然と彼の赤い顔を見やると、さっきまで幼くて愛らしいと感じたその表情は一変し、幼いながらもしっかりとした男らしさが垣間見えた。

「ぼく、2年は組の時友四郎兵衛です」

「時友、くん…」

「四郎兵衛と、呼んでください、紅葉先輩」

頬が赤いながらも、はっきりと告げた彼は、そのきりりとした物言いとはまったく違うぽにゃりとした笑顔を浮かべた。
その瞬間、私は思わず俯く。
物凄い速さで心臓がどくどくと暴れ出し、彼に触れられた頬が熱くて堪らない。

「ぁり、がとぅ…」

消え入りそうな声で何とかそう呟いて、私は薬草の入った籠を引っつかんで全力でその場から走り去った。


そんな無邪気に
触れないで…

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「あら、遅かったわね紅葉さん」

「や、山本先生…」

「まぁまぁ、顔が真っ赤よ?どうしたの?」

「じ、実は今…かくかくしかじかで…」

「うふふ、“ギャップ萌え”ってやつね」

「ぎ、ぎゃっぷ…??」




お題:確かに恋だった

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