にゃんにゃんパニック

いつの頃からか、一匹の猫が忍術学園の6年長屋の縁の下に住みついた。
懐っこい顔と性格をしたその猫は、見た目に反し随分とぐうたらで、誰彼かまわず肩や頭に乗ってはさあ運べというかのようににゃあと鳴く。
いつしかその猫は紅葉と名付けられ、6年生の中でも顔なじみとなり彼らから…特に、気の優しい善法寺伊作に可愛がられていた。
その日の夜も、そろそろ日付けが変わる時間だというのに薬品調合に精を出す彼の手元の明かりのそばで退屈そうにあくびをしながら、それでもそばを離れようとはしない。

「…よし。あとはこれにこっちを混ぜれば完成だ」

同室の友人がすでに就寝しているため小さな声で、それでも完成が嬉しいのか堪えきれずそう呟いた伊作は、あと少しで完成する何やら怪しげな薬品を床に置いたまま、ひとつ伸びをして厠に行くため部屋を出た。

「さぁて、もうひと頑張、り…」

気合を入れ直すかのように肩を慣らし、言いかけた言葉が途中で途切れていく。
それも仕方ないだろう。何故なら、つい先ほどまで紅葉が舟をこいでいた場所に、見覚えのない老人がちょこんと座っていたから。

「……えーっと…」

幻かと思い、ごしごしと目をこする。しかし老人の姿は消えない。
ちらりと友人を見れば、6年生の中でも武闘派と名高い彼は、不審人物が部屋の中にいるというのにがあがあと呑気に眠り続けている。
完全に油断している…いや、油断しているというより、老人の気配に気づいていないその姿を見て、伊作の全身から血の気が引いた。
まさか、このおじいさん、幽霊なんじゃ…そんな非現実的でとても恐ろしい考えが浮かんだ頭をぶんぶんと振った彼は、引き攣った笑いを顔に張り付けて至極優しい声でこんばんはと声をかけた。

「おじいちゃん、こんばんは。こんな夜更けにどうしたんですか?もしかして、学園長先生のお客様ですか?」

「………」

丁寧に優しく声をかけたというのに、老人は伊作を見もしない。それどころか大きな欠伸をこぼし、眠たそうにしわくちゃの口をもごもごと動かしている。
その動作を見て、伊作は首を傾げた。
今の仕草をどこかで見かけた様な気がする彼は、とりあえず留三郎をたたき起こして相談に乗ってもらおうと彼の布団に近付いた。
すると、その動きを横目でちらりと見た老人が、老体とは思えない素早さで彼の肩に飛び乗る。

「うわぁ!!」

「な、なんだなんだ!?」

突然のことに驚いてつい悲鳴を上げた伊作の声で、留三郎が飛び起きる。
そして不審者かと鉄双節棍を構えたのだが、伊作の肩を見るなり顔面蒼白で震え始めた。

「お、おい伊作…お前、肩に妖怪ぬらりひょん乗ってんぞ…!?」

「えっ、これがあの有名な妖怪ぬらりひょん!?」

突然の妖怪登場に大慌ての元祖あほのは組…しかし、それを鎮まらせたのは、妖怪ぬらりひょん(仮)だった。

「ぬらりひょんじゃないニャ」

「「ニャ!?」」

「わし、紅葉」

「なっ、ええっ!!?」

「紅葉って、紅葉は猫だぞ!?」

「うん。わし、猫」

伊作の肩に乗ったまま、老人は自らを猫の紅葉だと名乗り、むにゃむにゃと口を動かす。

「伊作の薬、舐めた」

「…ああ……」

「ちょっと留三郎!?なんだよその『ああなんだ、じゃあ仕方ないな』みたいな返事!!いくらなんでも僕猫が人になる薬なんか作ってない…と、思うんだけど…」

「せめてきっぱりと作ってないって言いきってから文句言おうな、伊作」

「………ごめん…」

結局、面倒事を呼び込むのは大体1年は組か不運大魔王という結論を出した留三郎は、伊作の肩に乗ったままの老人…自称紅葉をしげしげと眺め、大きな溜息を吐いた。

「しかし、なんだかなぁ。普通猫が擬人化するなら可愛い女の子とか美人のお姉ちゃんとかじゃねぇの?なんでよりによってじじいなんだよ。誰得だよ」

「まあ、女の子ってのが定番だよね」

「わし、オス」

「「見ればわかる」」

現実は小説より奇なり、を地で行く現在の状況もすっかり呑み込めたのか、伊作と留三郎はそんなことよりと紅葉を見た。

「元に戻れるのか?」

「知らん」

「だよな。伊作、どうなんだ?」

「んー…僕が作ってたのが化膿止めなんだけど、まだ調合途中で舐めたんだと思うんだよね。それで何かしらの化学反応が起きて今の状態になっていると思うんだけど、正直想定外の反応で僕もわからない」

あっはっは、と笑ってごまかそうとする伊作にがっくりと肩を落とした留三郎は、お前らしいなと呆れてとりあえず紅葉を伊作から降ろした。

「まあ、しばらく様子見るか」

「だね」

さすがというか、なんというか。騒動に慣れているのか単純な結論を出した二人は、頷きあって床にころんと寝ころんだ紅葉を見た。
おそらく、もとより自由気ままで大人しい猫だった紅葉だから、人間の姿になったところで変な悪戯をするはずもないし、そうそう問題は起こらないだろうと考えてのことだろう。

だがしかし、猫が人間になるという異常事態を軽く捉えた二人は、翌日それがとんでもないことだったと反省することとなる。

何故なら、いついた時より人の肩や頭に乗ることを好んだ紅葉は、人間になったところでその癖が抜けるはずもなく、老人の姿のままだろうがお構いなしにそれを続けた。
勿論、当然の如く噂になり、紅葉が猫に戻るまでの十日間、6年は組の善法寺伊作がついに黒魔術に手を出し、妖怪ぬらりひょん(一部では子泣き爺)に憑りつかれたと大騒ぎになった。

…余談ではあるが、件の事件発生翌日、ちゃんと6年生全員に事の顛末を話したのだが、誰一人として伊作と留三郎の誤解を解かなかったそうだ。
理由?そんなもの、そっちの方が面白いからに決まっている。


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イグアナ様
こんにちはイグアナ様、祭です。70万打ありがとうございます!!
とんでもない数字ですね!!祭自身もちょっとビビってます!!
今年の夏は本当に猛暑すら上回っているようで、大変堪えますが、イグアナ様もお体ご自愛くださいね。
のろのろ運営なサイトではありますが、今後ともごひいきに。
リクエストありがとうございました!!

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