Be dependent…

「では、今日も裏々々山までいけいけどんどーん!!」

私の掛け声とともに、私の背中を追うように忍術学園の大きな正門から走り出した色とりどりの装束。
先頭を行くのは勿論この私、深緑の装束を纏う6年ろ組の七松小平太。
そして私の手に握られた縄(別名:迷子防止電車ごっこ)の中に入り、私の背だけを見つめ、懸命についてくるのは萌黄色の装束を纏う3年ろ組次屋三之助。
そこから順番に2年は組の時友四郎兵衛、1年は組皆本金吾、そしてしんがりに4年い組の平滝夜叉丸と続くのが我が体育委員会のセオリー…だったのだが、最近その並び順に変化が生じた。

「紅葉、大丈夫か?無理をするなよ?」

「うん、気を付けて頑張るよ」

背後から聞こえた声に、私は視線を前に向けたまま意識だけを向ける。
私の手から伸びる縄に入っているのは、次屋三之助、皆本金吾、そしてしんがりは、時友四郎兵衛。
まだ2年生だというのに、滝夜叉丸が『ああ』なってしまってからは小さな体で無自覚方向音痴の三之助のフォローと、唯一の後輩である金吾の面倒を見ている。
無意識のうちに縄を強く握りながら、私は後輩たちに気付かれないように、そっと溜息を吐き出した。

電車ごっこの縄から外れた2人…1人は紫色の装束を纏う平滝夜叉丸、そしてもう1人は、今年深赤色の装束に変わった岩倉紅葉という少女。
いつだったかはもうはっきりと覚えていないが、滝夜叉丸が突然連れてきた、くのいち教室の女の子。
2人はしっかりと手を繋いで、私の前で頭を下げてこう言った。

『七松先輩、どうか紅葉を体育委員会に同行させてやってください!!』

『よ、よろしくお願いします…!!』

その時の私は別段それを咎めることもせず、いいぞ、と呑気に笑ったことは覚えている。
ああ、そうだ。ただ滝夜叉丸のその行動が珍しくて、委員会が終わった後に彼女を連れてきた理由を聞いたんだったっけ。
いわく、岩倉紅葉という少女は4年生に上がってから滝夜叉丸と同じい組で学び始め、それがきっかけで2人は仲良くなったらしい。自己愛が脳天を突き抜けている滝夜叉丸にも一丁前に恋心なんてあったんだななんてその時は微笑ましく思ったものだが、それが大間違いだったことに気が付いたのは、それからすぐのこと。

「はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

「紅葉、大丈夫か?紅葉」

「うんっ、だいじょうぶ、はぁっ、はぁっ…」

2人のことを思い出しながら走っていると、背後から聞こえた荒い息遣いと心配そうな声。最初の頃はどうかしたのかと焦っていた三之助や四郎兵衛は、もう慣れたかのように冷めた瞳にまたかという文字を浮かべている。金吾は根が優しいからか、まだ少し心配そうだな。

「滝夜叉丸、私はこいつらと先に行く。お前たちは無理せずあとから来い」

なるべく感情を声に乗せないように、私は滝夜叉丸に告げて足を動かし続けた。裏山を抜け、裏々山に差し掛かったころ、ほんの少しだけ呼吸を乱した三之助に装束を引かれ、速度を落とす。

「七松先輩…あの人、いつまで委員会に来るんすか」

ちょっとだけ棘を含んだ物言いに、私は思わず足を止め、三之助を振り返った。突然のことにちょっと警戒してしまったようなので、怒ったりはしていないぞと笑いながら撫でてやる。

「三之助、岩倉紅葉はな、病気なんだ」

そう、岩倉紅葉は病気なのだ。詳しく聞いていないから詳細までは知らんが、いさっくん曰く『過換気症候群』という病気を患っているらしい。
息がうまくできなくなる、こころの病気と聞いた。

「だからな、体育委員会で鍛えて、元気になりたいんだと。そう邪険にしてやるな」

「でも…」

ぐりぐりと頭を撫でながら言い聞かせるように言えば、三之助は唇を突き出して珍しくすねたように視線を落とす。
見れば、四郎兵衛や金吾も似たような顔をしていた。

「なんだお前たち、滝夜叉丸に構われなくなってそんなに寂しいのか?」

冗談交じりに言えば、3人は頬を真っ赤にしてブンブンと首を振る。なっはっは、可愛いものだ。
年相応にむくれる3人を笑って、私はまた縄を握りなおして走り出す。
かさかさと音を立てる落ち葉を踏み散らかしながら、徐々に黄色に変わっていく森の木々を見上げ、慣れない作り笑いに速攻悲鳴を上げ始めた頬に触れて、心の奥に押し込めた淀みを溜息と一緒にもう一度吐き出す。

そう、岩倉紅葉はこころの病気で、それは仕方がない。
いさっくんも、あれくらいの年の女の子にはよくあることだと言っていたし、こころが弱い奴もいることを、私は知っている。
そんな自分を変えたくて体育委員会のいけどんマラソンに混じりたいと言ってきたところなどは根性があると思うし、現によく頑張っていると思う。

…問題は、そう、滝夜叉丸のほうなのだ。

『七松先輩、聞いてください。紅葉が、私といると呼吸が落ち着くと言ってくれて!!』

『七松先輩、今日紅葉の発作を私が抑えたのですよ!!』

『紅葉の発作を抑えられるのは私だけ…ああ、幸せってこういうことなんですね』

視界を染める黄色に混じって思い出される、恍惚とした滝夜叉丸の声。
友達という心の支えから気付かぬうちに濁った依存の沼へと足を滑らせた紫が喜々として呟いた最後の一言に今更ながら薄ら寒いものを感じた私は、今日もひたすら裏々山を駆け回りながら、岩倉紅葉に強くあってくれと願うしかできない。



@(2周年企画/アイクモナナ様)

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