大嫌いな好きな人

私、岩倉紅葉の好きな人は、4年は組に編入してきた元髪結いの斉藤タカ丸さん。
背が高くてかっこよくて爽やかでイケメンで、物腰穏やかで優しくて頼れるお兄さんって感じの15歳。
他の15歳である6年生の先輩方とは比べ物にならないくらい弱いし忍術に疎いけど、編入したてだしずっと髪結い師目指してたんだから当然っちゃあ当然。
ぶっちゃけ元髪結いってブランドだけでくのいち教室の子たちにはもてもてで、容姿も相まってライバルめちゃくちゃ多いけど、そこは負けてらんない。
友人というよりは強敵と言いたいライバルの同級生や先輩たちを死に物狂いで出し抜いて、彼と普通にお喋りできるくらいには距離を詰めた。
別に頼まれてもいない用事を捏造して4年は組の教室に行ってみたり、好きでもない火薬の調合の練習を何度も何度も繰り返して硝煙倉に足を運んだり、できれば関わりたくないとさえ思う彼の友人たちとも親しげにお喋りして周りを固めて土台を作って足場を組んで、そりゃあもう血の滲むような努力をしたわ。
その甲斐あって、タカ丸さんに名前を覚えてもらって、紅葉ちゃんなんて親しげに呼んでもらったりして、偶然だけど一緒に町へ出掛けたことも一度だけある。

だから私は、この勢いが萎んでしまう前に、彼に好きだと告げたのに。
赤く染まった裏山の池のほとりで、ロマンチックな小鳥の鳴き声を聞きながら、今にも爆発しそうな胸を押さえて必死の思いで、言ったのに。

こともあろうに、彼の返事は『ごめんね』だった。

ちょっと考えればわかるでしょう?私は今まで組み上げたものをすべて捨てる覚悟で彼に告白したのよ?
告白して、もしふられたりしたら、私はもう今までみたいに彼に気軽に声を掛けられなくなる。
ううん、もしかしたら、視界に入れることすら辛くて苦しくて嫌になるかも。
断られたほうも断ったほうも、気まずくてきっと一緒にいることなんてできないわ。
だからしっかりと時期を見定めたはずなのに、私はどうやら時期ではなく彼の心の奥底の大事な部分を見誤ったらしい。

「好きです、タカ丸さん」

そう言った私に向けられていた瞳は、その一瞬で一気に色褪せた。
真っ赤な顔をして愛らしく見つめる私を映す瞳にありありと『嫌悪』を滲ませた彼は、一瞬でその感情を包み隠して、いつもみたいに穏やかに笑ってこう言った。

「ごめんね」

「どっ、どうして!?私のこと、嫌いですか!?」

「ううん、紅葉ちゃんのこと嫌いじゃないよ?だけど、ごめんね」

有無を言わせない優しい拒絶で、私に背を向けたタカ丸さん。もっとちゃんとした理由…それこそ他に好きな人がいるだとか、もう彼女がいるだとか、そういうことだったら諦められるかもしれないのに、彼はそう言った理由を一切口にせず、その場を去っていった。
…ぶっちゃけるとそれ以降も諦めきれずに何度も何度も告白したんだけど、そのたびに彼は困ったような顔を作ってこう言うの。

「あのね紅葉ちゃん、僕らの出会いはきっと偶然で、別れは約束だったんだよ」

…まったく意味が分からない。過去に何があったか知らないし知りたくもないけど、こんなに真剣な私の想いも、そこらにいる適当な女の告白にも、同じ言葉と視線を返す彼。
そんな彼が今も、世界一大嫌いな、私の好きな人です。




@(2周年企画/ゆるほる様)

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