For You

「んっと…ここをこうして、これで…組み合わせて、つないでっ、と…」

橙色の柔らかな灯りが頼りなさげに揺れる忍たま長屋のからくり部屋…否、1年は組のからくりコンビの部屋。
もう大分夜も更けたというのに、からくりコンビの片割れ、笹山兵太夫は眠気眼を擦りながら手元にある小さな箱を弄り続けていた。
時折無意識にもれてしまう独り言に、穏やかに眠っていた同室の夢前三治郎がもぞもぞと寝返りをうち、くぁ、とあくびを零してムクリと起き上がる。

「ふぁぁ…へいだゆー、まだねないのー…?」

間延びした声にびくっと肩を跳ねさせた兵太夫は、眉を下げて振り返り片手をあげる。

「あ、ごめん三治郎…もう少ししたら寝るから。起こしてごめん…」

「ううん、いいんだけど…ねぇ、ぼくも手伝おうか?」

囁くような謝罪にやんわりと微笑んだ三治郎が手伝いを申し出るが、兵太夫はそれに緩く首を振って、ほんのりと頬を朱に染めた。

「…ありがとう……でもこれは、ぼくひとりで作りたいんだ」

はにかむように俯いて、とても大切そうに箱に触れた兵太夫に、三治郎はへにゃりと笑って、そっか、と呟きながら布団を手繰り寄せた。

「じゃあぼく寝てるけど、無理はしないでね…がんばって、兵太夫」

「ありがとう三治郎……おやすみ」

ひっそりと夜の挨拶をした兵太夫は、また目の前の箱に真剣な瞳を向ける。布団に潜り込んだ三治郎はちらりとその姿を見て、そっと笑って目を閉じる。
いつもからくりを作る時は2人で一緒だったのに、あの箱に関しては1人で作るんだと頑なに手伝いを拒んだ兵太夫…その理由をきちんと聞かされて知っている三治郎は、もう一度心の中でがんばってねと繰り返し、まどろみに沈んだ。






「で…できたぁ…ふぁぁぁ……」

兵太夫がその言葉とあくびをこぼしたのはもう夜が明けそうな時間帯だった。
うっすらと紫色に変わりつつある窓の外に目を向けて、思っていた以上に時間がかかってしまったけれど思っていた以上に満足の出来栄えの箱を見て、彼はいたく緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らし、文机の引き出しから一本の彫刻刀を取り出す。
カリカリと静かな音を立てて最後の仕上げに取り掛かった彼の手元を一晩中照らしていた灯りが、ジジジ、と静かな音を立てた。

翌日、夜通し起きていた兵太夫は文机でうつらうつらと舟をこいでいたところを三治郎に起こされ何とか遅刻は免れたのだが、午前の座学はずっと居眠りして土井先生に怒られるどころか心配されてしまうし、午後の実技は注意力散漫で山田先生に怒られるどころか呆れられた。
放課後の委員会活動では作法委員会委員長の立花仙蔵に目の下の隈を指摘され、その歳から文次郎みたいになりたいのかと笑われてしまい恥ずかしい思いをしたのだが、兵太夫の顔はにこにこと上機嫌な笑顔のままだった。
そして、兵太夫が待ちに待った夕刻。
委員会を終えた兵太夫は、一目散に自室に駆け込み夜を徹して仕上げた箱を大事そうに抱えてまた自室を飛び出した。
廊下を走って、先生に叱られても速度を落とさず、曲がり角を曲がって、渡り廊下を通り抜け、いい匂いがする食堂の前もよそ見せず駆け抜け、一直線に目指すはくのいち長屋。

「紅葉先輩!!岩倉紅葉せんぱぁい!!」

精一杯の大きな声で、目的の人物を呼ぶ。すると兵太夫の視界いっぱいが、深赤に染まった。

「はいはい、紅葉先輩ですよ」

ポス、と軽い音を立てて兵太夫のまだ小さな体を腹で受け止めた岩倉紅葉。彼女はくのいち教室4年生、少しだけ癖のある髪をいつもてっぺんでお団子にしている可愛らしい少女で、兵太夫の想い人。
同い年の少女よりも少しだけ落ち着いた物腰で返事をし、兵太夫を抱きとめた彼女はふわりと花が綻ぶように微笑んだ。

「なんね兵ちゃん、そんな慌てて?」

纏う空気と同じような、柔らかい喋り方。聞き入っているとついうっかり眠ってしまいそうだなと思った兵太夫は、まだ自分よりもかなり高い位置にある紅葉の顔を見上げながら、夕日に負けないくらい頬を真っ赤に染めて、背に隠していた箱を彼女に差し出した。

「あのっ、今日、紅葉先輩、お誕生日だって聞いたので!!」

「あら嬉しい、これ、私に?」

「えと、あの、じ、自信作です!!」

そして、目の前で箱の蓋をパカリと開ける。それを見て、紅葉の瞳はとても嬉しそうに和らいだ。
箱の中でゆっくりとくるくる回る、2体の木彫り人形。それは一目で心を込めて彫られたものだとわかるくらい温かみに溢れていて、前髪を真っ直ぐに切りそろえた人形が、お団子頭の人形と楽しそうに踊っていた。

「やだぁ、かわいいねぇ!!最高の誕生日プレゼントだわぁ…頑張ってくれたんね、ありがとう兵ちゃん!!」

満面の笑みで箱を受け取った紅葉は、兵太夫の目の下の隈をそっと撫でてから小さな体を抱き寄せる。

「喜んでもらえて、嬉しいです…紅葉せんぱ…おたんじょ、び…おめ、で…」

大好きなぬくもりに包まれたからか、それとも小さな体が限界に達したのか…紅葉の腕の中であっという間に寝息を立て始めた兵太夫を見て、最初は驚いたものの彼女はくすくすと笑い出す。

「まったく無理してからに……しかしこの歳でくのたまかどわかすとは末恐ろしい子だねぇもう………しっかり夢中にさせとこ」

誰にでもなくそう呟いた紅葉はそっと兵太夫の体を抱え上げ、その腹の上に箱を置き、忍たま長屋目指して歩き出す。
空がまだ薄紫に染まり始めた時間帯。
箱に仕込まれた兵太夫の気持ちに彼女が気付くのは、もう少し先のこと。



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Happy Birthday 私!!←
そして驚き、なんと当サイトを訪れてくださる方の中に祭と誕生日同じ方がいました!!コメントくださってこれはもう運命やなと滾って書き殴りました所存です!!
アイクモナナ様、4/2生まれの皆様、お誕生日おめでとうございまーす!!


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