白馬の若旦那

1年は組、加藤団蔵。
加藤村の若旦那、十歳。
小さいながらも男気溢れる性格の少年は、今日も元気に馬小屋に走っていった。

「こんにちは、山本シナ先生!!」

「あらこんにちは団蔵くん。ふふっ、今日も行くの?」

「ハイっ!!」

「元気があってよろしい!!終わったらブラッシングもお願いね」

「お任せください!!」

くのいち教室担任の山本シナ先生にぽんぽんと頭を撫でられた少年は、シナ先生の真っ白な愛馬に颯爽と跨る。
その慣れた動きは決して白馬を不快にはさせず、むしろ白馬はご機嫌に嘶き、少年の目指す場所へとポコポコ蹄を鳴らして率先して歩いていく。
その場所とは、4年生の教室からよく見える運動場。
通りすがりの生徒たちはもう見慣れた光景にくすくすと笑うだけ。

「岩倉紅葉せんぱーい!!」

元気いっぱいの声が4年生の教室どころか運動場いっぱいに響き渡り、4年ろ組の教室に集まっていた滝夜叉丸とタカ丸がブッと噴き出す。
窓からひょこりと顔を出した喜八郎が、おやまあと呟いた。

「紅葉姫様、今日も白馬の王子様が来たよ」

そう言って振り向いた先には、思いっきり顔を顰めた美少女。
彼女はくのいち教室4年生の岩倉紅葉。まるでお人形のように美しい顔立ちを歪め、真っ直ぐに切りそろえられた絹のような黒髪をぐしゃぐしゃとかき回し、鋭い視線で喜八郎を睨む。

「それ止めてっていってるでしょ、綾部」

「おやまあ、美人が怒ると怖いね」

しかし睨まれた喜八郎は怖い怖いといいながらもどこか楽しそうだ。
まるで暖簾に腕押しな彼に短い舌打ちを漏らし、紅葉はドスドスと足音荒く窓に近付き、眼下で元気いっぱいに手を振っている少年にうるさいと怒鳴りつけた。

「毎日毎日しつこいのよバカ旦那!!いい加減にしなさいよね!!」

「怒った顔もきれいですね紅葉先輩!!」

「耳までバカなの!?会話をしなさいよ!!」

窓枠を握り潰しそうな勢いで掴みながら怒鳴る彼女をニヤニヤと眺めていたタカ丸は、ふいに袖を引かれる。視線をずらせば隣にはいつの間にか編入生の守一郎がおり、彼は興味津々な顔であれは何だと問い掛けてきた。

「ああ、えっとね、ロミオとジュリエット」

「ろ、ろみ?じゅびげ…え?」

「ふふ、学園でも有名なんだよぉ。キツイ紅葉姫様を懲りずに口説き続けてる団蔵くんって」

「へぇ〜…」

タカ丸の話にわかったんだかわかってないんだか良くわからない返事をした守一郎の隣に、滝夜叉丸が笑いながら腰を下ろす。

「4年生でも紅葉は美人で有名だろう?だから口説く男が後を絶たんのだが、あのキッツい性格で3回目くらいに心を折られる。しかし団蔵はもう半年間もアレを続けているんだ」

毎日罵倒されながらもな、と付け加えた滝夜叉丸は喉の奥でくつくつと笑う。

「紅葉先輩!!次のおやすみにぼくと町へ行きましょう!!」

「行かないわよ!!絶対行かない!!大体次の休みってアンタ委員会でしょ!?」

「あっ、やっべ!!そうだった!!じゃあ次の次のおやすみは!?」

「次の次でもその次の休みだって、アンタなんかと出かけない!!それよりヒッドイ隈よ!!ちゃんと寝てるの!?」

「ちゃんと寝てますよ、池で!!」

「池!?」

「じゃあおでかけしてくれないなら、ぼく手紙書きますね!!恋文!!」

「どうせ読めないんだからいらないわよ!!」

「きれいに書きます!!」

「こないだもそう言ってミミズが宙返りしたような字だったじゃない!!あんなの逆立ちしたって読めないわよ!!」

ギャーギャーと窓を挟んで喋る2人に、守一郎はこてりと首を傾げた。それを見た三木ヱ門は、ぷっと小さく噴き出して、まあ見てろ、と彼に囁く。
暫くしてやっと団蔵を追い返した紅葉は、ふうと息を吐いて踵を返した。

「ちょっと田村!!アンタ1年生の団蔵にまで何やらせてんのよ!!何なのよ池で寝るって!!」

「仕方ないだろう。潮江先輩の指示なんだから」

「溺れたらどうすんのよ!!」

「そうならないようにちゃんと見てるよ」

「もしもってことがあるでしょ!?信じらんない!!」

バン、と手近にあった机を叩き、紅葉は目くじらを立てて三木ヱ門を怒鳴りつける。滝夜叉丸とタカ丸はおろか、あの無表情な喜八郎までもがその姿を見て肩を震わせ笑いを堪えるのに必死だ。

「まあまあ。それより紅葉、団蔵の字、少しはうまくなってると思うか?昨日そのことで団蔵と佐吉が大喧嘩して大変だったんだよ。佐吉は言い方がキツイから、いくら練習しても団蔵の字は汚いままだって言っちゃってさ」

「はぁ!?何よそれ!!そのサチチってどこに目をつけてるのよ!!団蔵の字は随分綺麗になったじゃない!!前は十人中十人が暗号って言ってたけど、今は十人中三人は読めるんだから!!」

紅葉の剣幕に、美人が怒ると怖ぇ、と怯えていた守一郎も遂に我慢が出来なくなって噴き出した。そんな彼の口を、伸びてきた三本の腕がぎゅっと押さえる。
しかしどうしたってにやけてしまう目元までは隠しきれず、それを見た紅葉は顔といわず耳まで真っ赤に染めて、厠行ってくる!!と教室を飛び出していってしまった。
その背中を見送った5人は、とうとう腹を抱えて大爆笑。
王子様の前でだけ素直になれない紅葉姫が白馬に跨る日は、そう遠くはないらしい。

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幼い故にどこまでも真っ直ぐなバカ旦那とツンデレ姫のお話。祭の中のイメージだとどうしても美人系=キツイ性格になっちゃうから誰か何とかして。
アイクモナナ様、リクエストありがとうございました


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