骨抜き天才トラパー

既に日課とも言える蛸壷製造。
だけど今日はなんだか楽しくない。
その理由は勿論、僕の大事なあの子が傍に居ないせいだと思う。
今日の昼から、三葉はろ組の田村三木エ門と一緒に学園長先生の頼みでお使いに出ている。夜までには帰ってくると聞いているけど、いつも傍に居るあの子のふわふわした髪の毛が視界に入らないだけで、世界はモノクロカラー。
ざくっ、と些か乱暴に踏子ちゃんを突き立てた僕は、すくった土を乱雑に放り上げるついでに、忠告をしてやった。

「そんなところにいると土を引っかぶりますよ」

すると暫くして、丸く切り取られた空の一部に深緑が混じる。最初は立花先輩かとも思ったけど、どこか安心する火薬の匂いがしないからすぐ違うと気付いた。

「何だ、ばれてたのか」

イケメンと称される整ったな顔立ちなのに性癖が残念な、僕の穴掘りを毎日毎回咎めてくる熱血な用具委員会委員長。
気配を隠す気もなかった癖にばれてたなんて嘯いた食満留三郎先輩は、快活に笑って僕を見下している。

「穴掘り小僧、今日も絶好調だな?」

「おやまあ、そう見えるなら1年は組の猪名寺乱太郎くんに眼鏡を借りた方がいいですよ食満先輩」

「なんだなんだ、今日は機嫌が悪いな」

「おやまあ、眼鏡は必要なさそうですね」

僕が機嫌悪いことをわかっているのに声を掛けてくる…伊達に後輩好きを公言してない食満先輩。刺々しい態度をとったのに僕のテリトリーから出て行かない食満先輩をじとりと睨み付けてから、仕方がないので手を止め、あてつけがましく溜息を吐きながら聞いてやった。

「………僕に、何か用ですか?」

暗に、僕は今機嫌が悪いのでかかわらないでください、ともう一度示したのに、食満先輩はまあるい空の中で膝を抱え、急に言い難そうに頬を掻いた。

「あのな、三葉のこと、をちょっと聞きたいんだが…」

その言葉に混じった名前を聞いて、僕はやっと、いつもの無表情に戻る。

「…三葉が、どうかしましたか?」

「ははっ、本当に三葉のこととなると態度が軟化するなぁ」

「うるせーですよ」

いつもよりも雑に均されている壁に足を掛けて、腕を地面に引っ掛ける。そのままの体勢でひょこりと顔を出せば、食満先輩は手ぐらい貸すのにと笑って僕の頬についてた土をささっと落としてくれた。おやまあどうも。

「それで、三葉のこと聞きたいってなんですか?」

穴の中で宙ぶらりんの足をパタパタと動かしながら問えば、食満先輩は苦笑いしながら、三葉のいいところを教えてくれないか?と歯を見せて笑った。

「はぁ…まあ構いませんけど?」

脈絡もない頼みに僕も首を傾げたけど、妙な下心もなさそうだし、三葉のいいところならいつだってどれだけだって話せる自信があるからまあいいや。僕は腕に力を込めて穴から這い上がると、しゃがんでいる食満先輩の隣に腰を降ろして罠の印用に準備しておいた木の枝をつまみ、がりりと土に一本の線を入れる。

「三葉のいいところはあげればキリがありませんが、一番はまず優しいところです。人でも物でもそれ以外でも、あの子は優しくします。邪気がないところもホッとしますよね。あの笑顔も、やるときはやる勇敢なところも、芯の強さも、三葉のいいところです」

ガリガリ、ガリガリ、地面に線が増えていくのをぼんやりと見つめながら、僕は呟く。
時友三葉、小柄で気弱で非力な少女。生まれ付いて霊感が強く、視えないモノが視える少女。
彼女の存在に僕が初めて気付いたのは、3年生になってからだった。それまでも接点はあったらしいんだけど、僕の記憶には残らなかった。
放課後の楽しみである蛸壷製造の途中で、大勢に寄ってたかっていじめられていた三葉を見つけた。投げつけられる罵詈雑言、心無い言葉を口にしているくのたまが醜いなぁくらいにしか思わなかった僕は、その場を通り過ぎようとして、見てしまった。
何を言われてもぐっと口を噤み、大きな瞳に溜まってしまった涙を零れないように必死に耐えている小柄な少女。その瞳に浮かぶのは悲しみだけで、怒りの色は見えなかった。

女っていう生き物は、面倒臭い。ちょっとしたことですぐ怒って、思い通りにならないと泣く。罵倒を吐き出しているくのたまの中に数日前に僕に好きですと告げてきた顔を見つけて、その裏表にうんざりする。
僕の前では控えめで可憐で可愛いオンナノコを演じてた癖に、あの子の前ではまるで鬼のよう。二面性にも程があるよ、冗談よしこちゃん。

その時はたださすがに放置したら立花先輩らへんに怒られるだろうなと思って助けたんだけど、それからちょっとずつ三葉と話すようになって、二面性の欠片すらない穏やかなあの子に驚かされた。
一緒にいてこんなに心地いい女の子がいるんだって、その時初めて知った。
三葉が笑うたびに僕も楽しくなって、三葉が泣いた時は胸が痛む。怒られて素直にごめんねって言えたのも、そういえば三葉が初めてだった。
時々何かに怯えたように僕に抱きついてきて、でも僕にはあの子を怖がらせるものが視えなくて悔しく思った日もある。
ああそういえば、僕はいつからあの子に恋をしていたんだろう?
自分でもわからないうちにきっと、好きになっていたんだろうなぁ。
マイペースとよく言われる僕には、それくらいが似合うのかもしれないね。

「……弟思いなとこ、頑張り屋さんなところ、たまに心配になるけど正義感が強いところとか、無鉄砲なとこも三葉のいいところです。あとあのふわっふわの髪とか、ぷにぷにの頬とか、ふにゃっとした笑顔とか、小さな手とかも」

「あの、綾部…途中からなんか、三葉の好きなところに変わってるような気がするのは俺の気のせいなのか…?」

「おやまあ失敬、つい」

可愛いあの子を思い浮かべながら語っていたら、地面の線は膨大な数の正の字を書き連ね、大きなハート型になっていた。おやまあ、無意識って怖い。

「まあいいや、綾部、ありがとな。あ、掘った穴はちゃんと埋めておけよ」

「へーへーほーい」

埋めておけ、という言葉に適当な返事をした僕は、去っていく食満先輩の背中から空に視線を移す。気付けばもうすっかり日が傾いて、そろそろ仕上げに取り掛からないと間に合わない時間になっていた。

「おやまあしまった、ちょっと夢中になりすぎた」

さあ、愛しいあの子を連れ去ってしまった憎い紫と、そもそもの原因を生み出したクソジジイのために深く大きな穴をこさえなければ。




そういえば後日、偶然鉢屋先輩が尾浜先輩から団子を受け取っている場面を見てしまった。
なんでも賭けをして、鉢屋先輩は勝ったらしい。
その賭けの内容がまあ興味深いことに、食満先輩が鉢屋先輩の頼みを聞いてくれるかどうか、というものだった。
その話の中で僕も可愛いところがある、なーんて笑ってたもんだから、僕はお礼として、今の話と鉢屋先輩が今までやってきた悪戯の数々とかもうなんか色んなことをぜーんぶくのいち長屋へ向かう途中の名も知らぬくのたま先輩にお伝えしておいた。
きっと今頃くのいち長屋で鉢屋先輩の人気はうなぎのぼりですよ、やったね鉢屋先輩。

てんちゅー。

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