ヒミツのハナシ

…他の人には視えないモノが視えてしまう、へんなちから。

産まれた時からソレらは世界の一部だと錯覚していた。
他の人には視えていないんだと気付いたのは、5歳くらいだったかな。
忍術学園に入ってからも変わらず「何もない空間に反応する」私は気味が悪いらしく、歳が近い女の子たちはみんな私を遠ざけた。無視され、暴言を吐かれ、時には暴力も振るわれた。

でも、今一緒にいてくれる人たちは、そんなことしないし、変なものが視えたって三葉は三葉だって、そう言ってくれるの。

「三葉はいつも笑顔だな」

「本当。陽だまりみたいだよねぇ」

「そういえば、三葉が怒ったところは見たことがないな」

食堂でご飯を食べていた時。何気ない三木くんとタカ丸さんの言葉に続いて、滝くんが首を傾げた。
私は口一杯のご飯をしっかり噛んで飲み込んだ後、ふにゃりと笑って頷く。

「だって、怒ったらお腹すくんだもん」

「おやまあ、なんとも三葉らしい理由だね」

綾ちゃんの一言で明るい笑い声が広がる。
私も一緒になって笑いながら、心の奥底に押し込めた黒い記憶を、なんとなく思い出していた。




…それは、私がまだ2年生だった頃。
相変わらず友達もできなくて、でも一人でいるとへんなのが近寄ってくるから、私は昼は教室、夜は自室、空いた時間は日当たりの良い場所で日向ぼっこしながら、ずっとひとりぼっちで過ごしていた。
誰にも影響を与えないように。
誰にも迷惑をかけないように。
誰にも不快な思いをさせないように。

それでも、私は無意識のうちに、人の神経を逆撫でしていたみたい。
みんなが陰でこそこそ私のことを『気味悪い』ってお話ししてたのは聞こえるし、持ち物が無くなったり壊されたりすることも良くあった。
でも【へんなのが視える】のは事実だし、自分でもどうにもできないことだから【仕方ない】って言い聞かせてた。

……でも、ある日。
同じくのいち教室の、一番綺麗で一番優秀な子が、私がとても大切にしていたお守り袋を燃やした。
何か悪いことをしたのかなとか、怒らせるようなことしたかなとか色々考えたんだけどどうしても思いつかなくて、私は素直に聞いたの。

「何か気に触ること、したかなぁ?」

って。そしたらその子、すごく可愛く笑いながらこう言ったの。

「アンタの存在自体が気に触る」

『お化けが見えるとか言ってみんなの気を引こうだなんて浅ましい』
私が一番よく言われる言葉。

今でこそ、自覚があるからなんとも思わないようにしているけど、その時はそうじゃなかった。
学園に入学する時に、母が持たせてくれた大切なお守り袋をそんなつまらない理由で奪ったその子に、私の頭は真っ赤になってしまい、

「ひどい!!大っ嫌い!!死んじゃえ!」

普段私が言われている言葉を、泣きながらその子に叫んだ。



………人に話せるのは、ここまで。綾ちゃんも仙蔵先輩も、この先のお話は知らない。

ここまでならね、ああ下級生の頃ってそういうひどいことつい言っちゃうよね、って笑って済ませる。


だけど、翌日その子は本当に死んでしまった。
夜中のうちに、裏々山の高い高い木の上から無抵抗で飛び降りたという噂を聞いた。
詳しい理由もわからず、結局その子は《思春期特有の精神不安による突発的な自殺》で片付けられてしまった。
でも、私は気付いてしまった。
あの子の着物、筆、教科…そして亡骸…その全てに纏わり付く無数の不気味な黒いモヤのようなモノ。
私の発した言葉で形取られた、黒いカタマリ。
そして今もたまに学園を徘徊している、囚われのあの子。
窪んだ頭から夥しい量の血を流し、真っ赤に染まった目はひたすらに恨みだけを燃やし、砕けて自由の利かない足を引き摺りながら、あちこちに曲がりくねった体を動かして、あの子は私を探している。
突発的な怒りから発してしまった言葉で彼女の魂を縛りつけ、永遠の苦しみを与え続けている私を、ずっと探している。

その姿を偶然見てしまった日、私は気付いてしまった。
ああ、私は【視える】だけじゃないんだと。
私の発する【言葉】にも、へんなちからがあるんだと。

それ以来、私はどんなひどいことをされても絶対に怒らないと決めた。
たとえ冗談でも嘘でも、私の場合は本当になってしまうから。

これは、誰にも内緒のお話。
せっかくできたお友達を失いたくないから、みんなが笑いかけてくれるこの時間を失いたくないから。




「でも、三葉ちゃんって怒ってもお餅みたいにプクーって膨らんで終わりそうだよね」

「ああ、それなんとなくわかるな」

「タカ丸さんたら、ひどいですよぅ。浜くんも納得しないでぇ」

「おやまあ、三葉はお餅みたいに怒るの?」

「綾ちゃんまで…私お餅じゃないよぅ」

「三葉、訂正する場所を間違えてるぞ」

「ほへ?」

滝くんの言葉で、また笑いが広がる。
その中に何食わぬ顔で溶け込む私。
嫌われたくない、ひとりにされたくないという身勝手な理由で真っ黒な秘密を守る私。

ああ、なんて…………



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