無敵艦隊出動危機

ちよちよちよ、と青い空を鳥たちが飛んでいく。
委員会がない日、夕食までの間いつも日向ぼっこをしている三葉は、大きな木にもたれながら空を見上げた。
木漏れ日がきらめき、葉っぱが揺れる。さわさわとした小さな音が心地よくて、自然と笑みが零れる。
そのままこてん、と地面に体を倒した三葉は、目の前に生えていた小さな紫色の花を指先でちょいとつついた。

「幸せ、だなあ」

ポツリと呟き目を閉じれば、浮かんでくるのはたくさんの笑顔。
少し前まで孤独だった彼女には、それがとても眩しい。

「お友達、できたなあ」

妙なモノを映してしまう目のせいで、暴言を吐かれ、陰口を叩かれ、物を隠され、投げられ、時には壊され、あの子はおかしいと嗤う声。彼女にはそれらが、時折視える訳のわからないモノよりはるかに恐ろしかった。

でももう、今は違う。
暴言を吐かれれば立花仙蔵先輩達がとても優しい口調で代わりに言い返してくれるし(その子は泣いちゃったけど)、陰口を叩かれれば気にしないでいいと善法寺伊作先輩が微笑む。物を隠されれば久々知兵助が探し場所をアドバイスしてくれるし、投げられれば綾ちゃんが飛んできて守ってくれるし、壊された時はさすがに悲しくなっちゃったけど、鉢屋三郎先輩が今度一緒に新しいのを買いに行こうと言ってくれる。
おかしいと嗤われれば七松小平太先輩がちょっと乱暴だけどおかしな行動で笑わせてくれるし、竹谷八左ヱ門先輩は、私のために泣いてくれた。

「幸せ、だなあ」

もう一度小さく繰り返した三葉は、自分で巻いたためぐしゃぐしゃになっている腕の包帯を、そっと撫でる。
頼りになる先輩や、優しい友人や、可愛い後輩がいるから、こんなの全然平気だもん。
わざとじゃなくてもわざとでも、構わないもん。
そう思いながら、実技の時間に怪我をした腕をさすり、気味が悪いと囁いた声を頭から追い払った。

けれど体はどうしても素直で、傷はじくじくと痛み、ぽろんと一粒だけ、涙が溢れてしまった。

その瞬間、背後からがさりという音を聞いた彼女はハッとして体を起こし振り返った。そこには

「…誰がやったの、それ」

「三葉ちゃん!!どうしてすぐに医務室か僕のところへ来なかったの!?早く消毒しないと!!あああ包帯に血が滲んで、どぅわ!!」

いつからいたのか、特に彼女を気にかけている人がいた。
苛烈な光を放つ瞳を細めながら満面の笑みを浮かべる喜八郎はギリリと踏鋤の柄を握りしめ、いつも持ち歩いている救急箱を持って駆け寄ってきた伊作は途中で足を縺れさせひっくり返り盛大に救急箱の中身をぶちまける。
その騒ぎでなんだなんだと集まってきた色とりどりの装束は、三葉の腕の包帯を見るなり取り乱し、右往左往。
仙蔵は懐から大量の宝禄火矢を取り出し着火準備、文次郎は無言で算盤を取り出し、留三郎は錯乱、殺気に当てられギラギラしだした小平太と不気味に笑いだす長次。
笑顔なのに背中に般若が見える雷蔵と、慌てて駆け寄る八左ヱ門、それぞれ得意武器を取り出した兵助と勘右衛門を見て青褪める三郎。
今にも泣き出しそうな顔で痛くはないかと頭を撫でた滝夜叉丸、他に怪我はないかと心配そうな顔の三木ヱ門、ブチ切れの喜八郎を慌てて押さえつけるタカ丸と守一郎。
駆け寄る孫兵、皆を落ち着かせようと説得を始めた作兵衛と数馬と藤内をよそに、大丈夫ですかと叫びながらあらぬ方向へと駆け出していった左門と三之助。
お姉ちゃんお姉ちゃんと泣きそうな四郎兵衛を心配そうに見ている三郎次、久作と左近は転んだ伊作を起こして手当のお手伝い。
一気に大所帯になってしまった状況にポカンとしていた三葉は、次の瞬間ぷっと噴き出した。

「ちが、違いますよぅ。これは、今日実技の時間に転んじゃって枝に引っ掛けたんです。大きい怪我じゃなかったけど装束が汚れちゃうといけないから包帯を巻いてただけで、全然大したことないんですよぅ」

ほわわんと陽光のように笑う三葉に、誰もが動きを止めてその瞳をじっと見た。
そして次々に肩を落として溜息を吐き、代わる代わるに彼女の柔らかな髪を撫で、ならいいけどとだけ言って苦々しく笑う。
どこまでも優しい少女の、優しい嘘。
自分の身よりも相手を思いやる彼女がそれでいいと言うのなら、優しい彼らは毎回騙されたふりをする。

「えへへ、ご心配おかけしてごめんなさい。でも、大丈夫ですから」

ねっ?と可愛らしく小首を傾げられてしまえば、もう黙るしかないのだ。





そのままわいわいと談笑しだした塊を遠目からずっと眺めていた井桁たちは遠い目をして呟いた。

「なにあの無敵艦隊。意地悪した人も悪いかもしれないけど、その後のことを思うとさすがに同情する」

「ていうか、そろそろくのたまの人も三葉先輩に意地悪したら命が危ないって悟るべきだよな」

「すごいスリルぅ〜w」

[ 77/118 ]

[*prev] [next#]