ふわふわあまい

今日は学園から近い町で夏祭りが開かれている。
夕暮れに染まる学園を笑顔で出て行く生徒や先生たちを見送りながら、伊作はえんじ色に縞柄の浴衣を纏い、うきうきと待ち人を待っていた。
どれくらいそうしていただろう、耳に届いた涼しげな音に顔を上げたその時、からんからんとリズミカルに鳴っていた下駄の音がふいにかこりと不協和音を奏でる。

「危ない!!」

待っている伊作を見て慌ててしまったのだろう。駆け出した途端に転びそうになった三葉を見つけた伊作は勢いよく地面を蹴り、前のめりにつんのめった小柄な少女をすんでのところで抱え上げた。

「三葉ちゃん大丈夫?怪我してない?」

腕の中でびっくりしている少女に優しく問い掛けてやれば、大きな瞳が彼を捕らえ、嬉しそうに細まった。
大丈夫です、ありがとうございますとお礼を述べる少女をそっと降ろしてやった伊作は、改めて目の前に立つ三葉をまじまじと見た。
浅葱色に丸いフォルムが可愛らしいうさぎが描かれた浴衣を纏った少女は、腰にふわふわとした桃色の兵児帯を結んでおり一際愛らしい。

「浴衣可愛いね、凄く似合ってるよ」

「本当ですかぁ?えへへ、なんだか照れちゃうなぁ…」

素直に思ったことを口にすれば、三葉は恥ずかしそうにもじもじと持っていた巾着を弄びながらぺこりと頭を下げる。

「じゃあ、行こうか」

「はぁい」

とても自然な仕草で手を繋いだ2人は、ゆっくりとした足取りで町へと向かった。



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町に着くと、大通りにはたくさんの提灯が吊るされ、所狭しと露店が並んでいた。

「ふぁぁ、すごい人…あっ、伊作先輩、たこ焼き屋さんがありますよぅ!!あっ、あっちはべっこう飴!!すごいすごい、お店いっぱいですねぇ!!」

「ふふ、順番に回って行こうね」

見た目に似合わず食欲旺盛な三葉が色々な屋台をさして嬉しそうに笑う。そんな少女を穏やかな笑顔で見つめた伊作はこの日のためにバイトをして、更に節制してぱんぱんに膨らんだ財布をこっそりと確認し、小さな手を引いていい匂いを漂わせる屋台をあっちへこっちへ。
あっという間に両手いっぱいに抱えられたたこ焼き、たい焼き、お好み焼き、串かつ、牛串、りんご飴にべっこう飴にカキ氷にチョコバナナをキラキラと輝く瞳で見つめた三葉は、今にもスキップしそうな足取りで休憩所にと開放された茶屋の椅子に腰を降ろした。
あぐあぐとおいしそうに大量の食べ物を頬張る少女の隣で、財布と反比例して膨れ上がった胸を満足そうに撫でながら、伊作もたこ焼きを頬張っている。

「三葉ちゃん、おいしい?」

「はいっ!!…あ、でも、本当によかったんですかぁ?こんなにたくさん買っていただいちゃって…私、ちゃんとお金持ってきましたよ?」

「いいのいいの。僕が買ってあげたかったんだから気にしないで」

「………はぅ」

どストレートな伊作の言葉に照れたのか、たい焼きをぱくりと頬張った三葉はそのまま俯き、足に引っ掛けた下駄をぷらぷらと揺らす。何をやっても可愛らしい三葉の姿に伊作が目尻を下げたその時、彼の視界の隅に白いふわふわが飛び込んだ。

「あ、わたあめ…」

母親と手を繋いだ幼い少年が嬉しそうに持っているそれを見て、彼の口から自然に声が漏れた。すると途端に込み上げる懐かしさ。

「うわぁ、懐かしいなあ。僕も小さい時、夏祭りの時に母に買ってもらったっけ…なんだか久し振りに食べたくなっちゃったなあ」

脳裏を過ぎった思い出を懐かしむかのように呟いた伊作。
そんな彼の手を、小さな手がきゅっと握って引っ張った。

「わたあめ探しに行きましょう、伊作先輩!!」

「……うん、行こうか!!」

いつの間にか大量にあった食べ物を食べ終えた三葉は、ゴミを椅子の横のゴミ箱に捨ててから伊作の手を引き立ちあがる。
それにつられるように立ち上がった伊作は、目の前を歩く三葉のふわふわと揺れるわたあめのような髪を、愛おしそうに見つめていた。





(わたあめと、きみ)


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