てるてるぼうずの恋

しとしとと雨が降りしきる7月上旬のある日。
こんな天気では大好きな穴掘りが出来なくて、喜八郎は作法室で不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。
こんな雨だと言うのに、作法委員会の委員長である6年い組の立花仙蔵は野外実習に出掛けているし、からかい甲斐のある後輩浦風藤内はお使いだとかで委員会には来ていない。委員長が不在なので今日の委員会活動は出来ませんよねと言い切った可愛げのない1年い組の黒門伝七は部屋で勉強しているし、同じく可愛げのない1年は組のからくり大好き少年笹山兵太夫は補習授業の真っ最中。

「ひま」

特にこれといってやることもないけれど、部屋にいたら同室の滝夜叉丸がやれ掃除をしろだの片付けろだのうるさいことを言われるのが明白なので、彼は誰もいない作法室でこうして時間を潰している訳なの、だが。

「…あれっ?綾ちゃん?ここにいたんだぁ」

からりと静かに扉が開いて、ひょこりと現れたのは灰褐色の髪をふわふわと揺らした三葉。喜八郎を見つけるなり満面の笑みでとことこと寄ってきた彼女の手には、なにやら白いもの。

「おやまあ、三葉。どうかしたの?」

途端に先程までの不機嫌さをどこかに吹き飛ばした喜八郎は、普段は何の感情も浮かばない瞳を穏やかに細め、優しく問い掛けた。
穏やかな声にくふふと小さく笑った三葉は、手に持っていた白いものを彼の目の前に突き出して振ってみせる。
振動に合わせてふわふわと揺れるそれは、柔らかな白い紙の束。

「てるてるぼうず、作ろうと思って」

「てるてるぼうず?」

「うん。てるてるぼうず」

いきなりなんでまた、と不思議そうな表情を浮かべた喜八郎の隣にちょこんと腰を下ろした三葉は持っていた白い紙の束を半分彼に渡すと、小さな手を器用に動かしてひとつのてるてるぼうずをあっという間に作り上げ、作法室の隅に置いてあった硯と筆を取ってくると、出来上がったてるてるぼうずにどこかで見たような顔を描きだした。

「………でーきたぁ。ふふ、見て見て綾ちゃん、仙蔵先輩てるてるぼうず」

「ぷっ……おやまあ、そっくりだね」

目の前に掲げられたてるてるぼうずにはちょこんとした前髪と切れ長の瞳、そして自信に満ち満ちた口が描かれていて、不在の委員長に確かによく似ている。
楽しそうにてるてるぼうずを作る三葉に触発されたのか、彼もおもむろに紙の束を引っ掴み、くしゃくしゃと丸めてその上からふわりと紙を被せ、ひとつのてるてるぼうずを作り上げると筆を手に取った。

「三葉、三葉、藤内てるてるぼうず」

「うわぁ、かわいいねぇ」

きゃっきゃっと楽しそうな笑い声をあげて、2人は暫く夢中になっててるてるぼうずを作り続けた。
それはあっという間に6つ並び、それぞれが特徴的な顔をしている。

「…おやまあ。作法委員会第二班だ」

「えへへ、第二班は皆揃ってるねぇ」

「せっかくだし、吊るしていこう」

「みんなびっくりするかなぁ?」

そんなことを話しながら、三葉がてるてるぼうずに紐を付けていき、彼女よりも背の高い喜八郎が順番に軒下に吊るしていく。
憂鬱な雨しか映っていなかった四角い窓のキャンパスに、小さな作法委員会がぷらぷらと揺れているのを見て、2人は顔を見合わせて笑った。

「仙蔵先輩、怪我してないといいねぇ」

「あの人雨の日には役に立たないから、前線には出てないんじゃない?」

「藤内くんも、お使いの途中で転んだりしてないといいね」

「転ぶのは保健委員のあの子の仕事でしょ」

「伝七くんと兵ちゃんは、お勉強はかどってるかなぁ」

「…伝七“は”はかどってるんじゃない?」

どこか棘を含んだ喜八郎の言葉に、もう、と頬を膨らました三葉は大きな瞳で隣に立つ彼の顔を伺い見て、ふにゃりと笑う。

「……雨が止んだら、一緒に穴掘りしようね」

「………うん」

雨粒はまだ窓を叩いているけれど、喜八郎は普段通りの無表情。
直後、きゅるりと可愛らしく空腹を訴えた三葉の腹の音に噴き出した2人は、仲良く手を繋いで食堂に行こっかと踵を返す。
誰もいなくなった作法室の窓では、仙蔵、藤内、伝七、兵太夫のてるてるぼうずと、その4つと少しだけ離されて、ピッタリと寄り添う喜八郎と三葉のてるてるぼうずが風に揺れていた。





(きみがいるなら あめでもへいき)


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