伊作の一番長い日

※成長パロ注意
※『もうひとつの終幕』のその後





忌まわしい事件から3年が経った。
当時の萌黄が深緑に育ち、紫たちが学園を巣立って暫くのことである。
事件のせいで血の様に真っ赤な右目と、視力を失った左目を持つ時友三葉は結局目指す忍にはなれず、卒業後は実家へと戻り家事の手伝いと近所の小間物屋の手伝いをしてとある人物を待ち続けていた。

「ありがとうございましたぁ」

紫を纏っていたころよりほんの少しだけ伸びた身長、徐々に大人びてきた表情。背中の真ん中頃まで伸びた柔らかな髪を玉結びにして優しい笑みを浮かべる彼女はもうすっかり小間物屋の看板娘。
目の色やふとした時に虚空をじっと見つめる彼女を薄気味悪いと囁く輩は、この町にはいない。
それどころか穏やかな彼女に心惹かれる者が多く、彼女目当てに小間物屋に通う客のお陰で商売繁盛だと店主夫婦は喜んでいた。
そろそろ嫁ぎ先を心配される年頃になった三葉だが、元々少し鈍いところがあったのに加え待ち人がいるので男っ気は皆無。
今日もまた勇気を振り絞ってお誘いの声を掛けた男に対して『お仕事中なので』と頓珍漢な返答をした彼女は、箒を片手に店の前を掃除しながら、柔らかな笑みを浮かべていた猫目の男を思い浮かべて古くなってしまったちりめん生地の眼帯にそっと触れる。

まだ三葉が学園に在籍している頃、風の噂で彼はどこかの城仕えの薬師になったと聞いた。
優しい彼はきっと、昔と変わらず優しい戦いを続けているのだろう。
三葉が最上級生になった頃、彼の仕えていた城が攻め落とされたと聞いた。その時はあまりにも突然のことで泣き暮れる日々を送ったが、その後彼本人から無事を知らせる手紙が届いて心底安堵した。
その手紙には、こうも綴られていた。

『勉強のため、暫く南蛮へ行ってきます。どれくらい掛かるかはわからないけれど、立派になって、必ず君を迎えに行きます』

遠い遠い国へ行ってしまうことはとても寂しかったし、顔を見れないことも悲しかったけれど、未来を見据える彼の夢を応援したかった三葉はただ何も言わず待ち続けた。
一緒に行こうと最後まで彼女を誘っていた大親友の言葉にも首を縦に振らず、心配性の弟に笑顔だけを見せ、実家に身を寄せ、待っていた。
弱音を吐かず、泣かず、寂しい顔も見せず、ずっとずっと待ち続けていた『今日』

さかさかと箒を動かしていた手に、黒いなにかが絡みつく。
地面に伸びる彼女の影に纏わり付く黒いなにかがどんどんその数を増し、足に、手に、顔に、首に伸びる黒い“モノ”たち。
少し前ならば恐怖を感じたそれらだが、今の彼女にはとても愛しくて、とても待ち侘びたもの。

「………おかえり、なさぁい」

だってそれは、いつもいつも大好きな彼の足を引っ張っては不運に引きずり込んでいた“モノたち”だから。

黒いモノが伸びる先の曲がり角に向かってそう声を掛ければ、間髪いれずに姿を現した柔らかそうな栗色の癖っ毛。

「た、ただいまぁ…」

「ほああああ!!?」

しかし現れた人物の想像以上の満身創痍っぷりに、さすがの三葉も驚き叫んだ。

「伊作先輩、ど、どうされたんですかそのお怪我ぁ!!」

「うーん、せ、洗礼かな?」

体中泥に塗れ、着物はところどころ破れ、髪はぐしゃぐしゃ。草履の鼻緒は無残に千切れ、腕や足には無数の傷、ふらふらになりながら杖で何とか体を支えて歩いてきた彼の根性に感動すら覚えそうになった三葉はぶんぶんと首を振って妙な考えを散らし、今にも倒れそうな体を支えるために彼に寄り添った。
ふわりと香る懐かしい薬の匂いに、三葉の涙腺が刺激される。
しかしそんな彼女に気付いていないのか、伊作は恥ずかしそうに笑って頭を掻いた。

「やあ、随分遅くなっちゃってごめんね、三葉ちゃん」

悲しませたら豆腐の海に沈めますからと呻いた豆腐好きな猫目の後輩。
小振りの宝禄火矢を投げつけ、不幸にしたら許さんぞと笑った友人。
問答無用で深い穴に落とされ、泣かせたら地獄以上の苦しみを与えた後埋めますからと涙混じりに呟いた灰色の髪を持つ後輩。
三葉を迎えに行く途中で出会った彼らの“想い”をしっかりと受け止めた伊作は、大きな瞳にたっぷりの涙を浮かべている三葉の頬をそっと撫でて、囁いた。

「長いこと待たせてごめんね、三葉ちゃん………僕のお嫁さんに、なってくれますか?」

「っふぇ、ふつつかっ、ものですがぁ…!!!」

人通りの多い通りの真ん中で感極まって泣き出してしまった三葉を痛む体でぎゅうと抱き締めた伊作の後頭部に、不自然な方向から飛んできた小石がコツンと当たった。
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な、何かあんまりギャグにならなかったぞ!?
ともあれこんな感じで終幕でございます(笑)
リリス様、リクエストありがとうございました



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