見守り隊

いつもは待ち遠しい食事の時間。許される限りの大盛りにしてもらって綾ちゃんたちと美味しくご飯を食べる…はずなんだけど、私はおばちゃんから受け取ったランチのお盆をじっと眺めて小さく溜息を吐いた。
なんだか最近食欲がない。ううん、ないわけじゃないんだけど…お腹はすいてるんだけど、美味しくご飯を食べられない理由が、私にはある。
手招きしてくれてる綾ちゃんに心配を掛けないように笑顔を作って、私は憂鬱なランチタイムに突入した。




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「……うー〜〜〜…だめだよぅ、もう…」

でも強がりもあっという間に限界を迎えてしまって、私はとうとう我慢できなくなったそれに泣き出しそうになりながら自室で小さく呻き、恐怖心をぐっと堪えて忍たま長屋に向かった。

「…遅くにごめんね、まだ起きてるかなぁ?」

暗い廊下。蛙の鳴き声が微かに聞こえるそこで、私は声を潜めて扉を叩いた。部屋の中からごそごそと蠢く音がして、直後静かに開いた扉の向こうでは、このお部屋の主、田村三木ヱ門くんと浜守一郎くんが神妙な顔をして立っていた。

「どうした三葉、何かあったのか?」

2人共もう寝ていたのか夜着を纏い、浜くんに至っては眠たそうに大きなあくびを噛み殺している。私は2人に起こしてしまったことを詫び、そして、夜更けにこっそりお部屋を尋ねた理由を告げた。






「歯が、痛いぃ?」

お部屋に響いた大きな声に、私は慌てて三木くんのお口を押さえる。その隣で、眠気が去ったのか浜くんがポンと掌を打ってなるほどなと呟いた。

「三葉、最近なんか元気ないと思ってたら、それが原因かぁ」

「うん…十日くらい前からちょっと歯が欠けてるなぁって気付いて…それからあんまりご飯が食べられなくなっちゃって…」

しょぼん、と頭を下げて痛む頬を摩ると、三木くんが呆れたような顔をして部屋の灯りを寄せると、見せてみろ、と私の顎に手を掛けた。
あんぐりと大きく口を開けさせられて、大きなおめめが私のお口を覗き込む。

「うわ、目視で確認できるほどでっかい穴がある…これ完全に虫歯だな」

「どれどれ…うわっ、本当だ!!」

入れ替わるように浜くんも覗き込んで、痛そう、と顔を歪める。顎から手を離されたので口を閉じると、眦を吊り上げた三木くんとばっちり目が合ってしまった。

「バカ三葉!!何でこんなになるまで放っておいたんだよ!!お前は歯磨きもしっかりしてるから小さな虫歯のうちに処置すればこんなことにはならなかったはずだろ!!」

「ふぇぇん!!だって、だってだってだって…口歯科(歯医者)さん、怖いんだもぉん!!」

頭ごなしに怒鳴られた私は、痛みとこれから絶対に逃れられない恐怖に耐えられなくなってわんわんと泣き出した。もう十三だというのに情けないと思うけれど、怖いものは怖いんだもん。
そんな私を見て、三木くんと浜くんは顔を見合わせて大きな溜息を吐くと、揃って私の頭を撫でて苦笑した。

「仕方ない。明日授業が終わったら新野先生に相談して口歯科を教えてもらおう。私が連れてってやるよ」

「俺もついてってやるから、頑張ろうな」

2人の優しい言葉にぐしゅりと鼻を啜って小さく頷いた私は、一番大切なことを思い出して2人にお願いする。

「あ、あのね…このこと、皆には内緒にしてくれないかなぁ?」

「「なんで?」」

なんでって、だって、恥ずかしいよぅ!!



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そしてあっという間に翌日の放課後。三木くんと浜くんにお願いして口裏を合わせてもらい、綾ちゃんたちには“お使い”と説明した私たちは新野先生に町の口歯科を教えてもらい、そこを訪れた。
鼻をつく消毒の臭いで早々に心を折られてしまった私は三木くんに診察室までついてきてとお願いしたけれど、ばっさり断られて既に半泣き。
そんな私を見て、先生は厳しいお兄ちゃんだねと笑っていた。(その言葉は、万が一泣いてしまった事態に備えてあえて否定しませんでした)
診察台に寝かされて、大きくお口を開けて先生に見せる。

「おやおや、これはまた…欠けてしまった穴に小さな虫歯があるね。ちょっと痛むかもしれないけれど、さっさと治してしまおうね」

「おえがい、ひまひゅ…」

想像していたより虫歯が大きくなかったことに安堵した私は、それでもこれから始まる恐怖の治療に身を竦ませる。

その瞬間、ふわりと頭を撫でられたような感覚がした。
驚いて瞑っていた目を開ければ、視界の端々に見慣れた色が映る。
さらりと流れる茶色に、ふさふさした黄色。

(頑張れよ、三葉)

(三葉ちゃん、大丈夫だよぉ)

ふかふかの黒くて長い猫っ毛に、サラサラストレートの艶やかな黒髪。

(三葉なら、頑張れるのだ)

(泣くなよ、三葉)

そして一際はっきり視える、柔らかな茶色い癖っ毛と、灰色のふわふわ。

(大丈夫。僕が三葉ちゃんを、守ってあげるからね)

(三葉に痛い思いなんて、させないよ)

視線を巡らせれば、彼らの他にも心配そうな顔をして私を取り囲んでいる先輩や後輩。そして、ついてきてくれた三木くんと浜くんも眉を下げてじっと、私を見ていた。
恥ずかしいから誰にも言っていなかったのに、皆には筒抜けだったみたい。
逆に心配掛けちゃったかなぁ、と私は反省して、心の中で“頑張ります”と繰り返す。

不思議なことに、治療中に痛みを感じることは一切なかった。



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「……はい、おしまいです。よく頑張りましたね」

「ありがとうございましたぁ」

先生にぽんと肩を叩かれ治療の終わりを告げられた私は、差し出されたお水で口の中をゆすいで診察台から降りる。じんわりとした痛みはあるけれど、すっかり元通りになった歯を舌でなぞってから、とことこと待合室で待っている三木くんと浜くんに駆け寄った。

「お疲れ、三葉」

「えへへ、泣かなかったよ」

「頑張ったなぁ!!」

浜くんに抱き上げられて偉い偉いと手放しに褒められる。その間に三木くんがお会計を済ませて、私たちは夕暮れの中、ゆっくり忍術学園へ帰った。





山道を抜けて大きな正門に辿り着くと、やっぱりそこでは滝くん、タカ丸さん、兵助先輩、仙蔵先輩、そして伊作先輩と綾ちゃんが待っていた。
口々にお帰りと頭を撫でてくれる先輩や友人たちに三木くんと浜くんはぎこちない笑みを浮かべていたけれど、私は満面の笑みでただいまと返した。
生霊になって様子を見にきちゃうほど心配掛けてしまったお詫びは、さあどうやってお返ししようかな?


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