かべ

天気のいいある日、正門の前を通りかかると、深緑と青と萌黄をひとつ見つけた。

「小平太先輩こんにちは、こんなところで何を…しろちゃん?と、えっと、3年生の…さんのすけくん?」

「おお三葉、丁度いいところに!!ちょっと頼まれてくれるか!?」

見慣れた灰褐色の髪を見てとことこと近付いた私が声を掛けると、振り向いた小平太先輩はちょっとだけ申し訳なさそうに眉を下げて、ぱんと顔の前で手を合わせた。

「実はな、体育委員会のマラソンの時に使う縄がなくなってしまって買いに行こうとしていたんだが、ちょっと用事ができてしまって…こいつらの引率を任せてもいいか?」

「それは別に構いませんけれど…縄なら用具委員会に予備があるんじゃ…?」

小平太先輩からのお願いに頷いたが、買いに行くものを聞きあれ?と首を傾げる。そんな私に、小平太先輩はちょっと笑ってこそりと教えてくれた。

「用具委員会の予備ももうなくなりかけているらしい。留三郎と富松が修理で手が離せなくてな、代わりにと頼まれたんだ」

「なるほど、わかりましたぁ…」

縄の用途を思い出し、私もくすくすと笑ってお任せください、と胸を叩いた。そんな私の隣で、しろちゃんに手を繋がれた三之助くんは暢気に皆そんなに電車ごっこが好きなのかな、と呟いていた。


小平太先輩からお金を受け取り、三之助くんが迷子にならないように両隣から手を繋いで、のんびりと町に向かう。途中までお見送りに来てくれた小平太先輩と別れ、町に着き、無事に縄を買ったら、お金が少し余った。
それをとりあえず仕舞おうと財布を見たら、思った以上にお金が入っていて、私の中のお姉さん心がむくむくと顔を擡げる。

「…ねえねえ2人とも、あそこでお団子食べていかない?」

あそこ、と指を差した先には美味しそうなみたらしの匂いが漂うお団子屋さん。わあ、と顔を綻ばせたしろちゃん…だけど、三之助くんはしょぼんと眉を下げて、俺は良いです、と緩く首を振った。

「この前作たちと…あ、友達なんすけど、そいつらと遊んで、小遣いが残り少ないんで」

先輩としろべだけ食ってきてください、と笑った三之助くん。そんな三年生にしては背の高い彼を見上げ、私は大丈夫、と笑う。

「お金のことは気にしなくてもいいの。お姉さんが奢ったげるから」

「え、…ああ、そっか…いやいや、悪いですから」

「年下が遠慮なんかしないのー。といっても、そんなにたくさんは買ってあげられないけどねぇ」

ひとりだけ仲間はずれなんて絶対にダメ、そんなのやだよ、と言うと、渋っていた三之助くんは暫く何かを考えた後、そんならご馳走になります、と笑い、しろちゃんに手を引かれてお団子屋さんの椅子に腰を下ろしてくれた。

「えへへ。おじさぁん、みたらし十本くーださーいなー。あとねーぇ…」

「ぼくはねー、ぼくはねー、えーと、三色団子五本とー、あん団子五本とー…」

「まじかよ」

「ほらほら、三之助くんも好きなの頼んでいいよ?合計五十本くらいまでならお支払いできるからねぇ」

「え、想像以上…」

「ほぇ?」

やっぱり三之助くんはちょっと遠慮しちゃったのか、みたらしを五本だけしか頼まなかった。だから、しろちゃんと私が頼んだみたらし十五本、三色団子十本、あん団子十五本、蓬団子五本をちょこっとずつ分けてあげた。
お会計の時にお店のおじさんに「お兄ちゃんたちとお使いかい?」と聞かれ、三之助くんが嬉しそうに笑っていた。大きいからお兄さんに見られて羨ましいなあと思いながらも、私はお姉さんだから訂正せずに笑って頷いた。大人な対応でしょ?
えらいねえと褒められて、子供じゃないのになと思ったけれど、何故か料金をちょっとまけてもらえたのでよしとしました。



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その帰り道。すっかり夕方になってしまった赤い空を眺めながら、私はそこらの道に落ちていた木の棒を拾い、地面にガリガリと線を引きながら学園への道を歩いていた。
お団子を食べていたら思いのほか遅くなってしまったので、きっと小平太先輩が心配して正門で待ってるだろうな、と思い、歩く速度を速めたその時、ぞわりと背筋に悪寒が走った。

「おねえちゃん」

「うん、ちょっと急ごうか」

不穏な気配に心配そうな声を漏らしたしろちゃんと首を傾げている三之助くん。二人に不安を与えないようにほわりと笑って、夕闇が近付く山の中へ足を踏み入れたとき、それは突然現れた。

「……なんだ、これ?」

目の前には、高い高い壁。初めて見るそれにぺたぺたと触れた三之助くんは首を傾げている。
対してしろちゃんはサッと顔を青褪めさせて、困ったように私を見た。きっと、私も同じような顔をしていると思う。

「おねえちゃん、これ…」

「“捕まっちゃった”みたい…」

どうするのー?とのんびり首を傾げているしろちゃんとどうしようねえと相談していたら、突然ぐいと腕を引かれた。

「どうもこうも、進めないなら戻るだけっすよ」

そう言って、三之助くんは私としろちゃんの手を引いて何故か壁伝いに歩いていく。ああ、これが無自覚な方向音痴ってやつなんだね、戻るならこっちじゃないよ。
そう思いながらも、体格のいい三之助くんにずるずると引き摺られていく。だが、どれだけ歩いても壁は途切れることがなく、むしろ終わりすら見えない。
やっと何かがおかしいと気付いた三之助くんが立ち止まった時、ずごごご、と不気味な音が聞こえてきた。
まるで重たいものを引っ張って地面が揺れているような、そんな音。
まさかと思って足元を見ると、驚くことに壁が地面を動き、私たちに向かって迫ってきていた。
異常な状況にあわあわと慌て出した三之助くんの手をしろちゃんがぎゅっと握り、きょろきょろと周りを見回す。だがやはりというか、逃げ道などはどこにもなく、あっという間に壁に取り囲まれてしまった。
このままだと、壁にプチリと潰されてしまう。
そんな凄惨な未来を予想してしまった頭をぶんぶんと振り、なんとかしないと、と視線を彷徨わせたその時、私の目に先程拾った木の棒が飛び込んだ。
なんとなく、本当になんとなく引かれて拾ったそれをじいと見つめ、ためしにベチと壁を叩いてみる。

「………だめかぁ」

壁の上のほうを叩いてみたり、払うように振ってみたり、色々試しては見たものの何の効果もない。
そうこうしているうちにすっかり壁に囲まれた私たちは、ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうのような体勢になってしまい、とうとう私の掌から木の棒がからりと落ちた。
しまった、と思い咄嗟に足で引っ掛けようとしたけれど、それも叶わず、棒はくるくると横向きに円を描いて地面を滑っていってしまった。
万策尽きたことに焦り始めた私、だけど、その瞬間すっと壁が消え去った。
圧迫感から突然開放された私たちは目をぱちくりとさせながら、それでも助かったことに安堵の息を吐いて、すっかり日が暮れて真っ暗になってしまった山道を急いで歩き、学園に戻って、正門でそわそわして待っていた小平太先輩にお使いの縄を渡すことができた。



後日、そう言った類のモノに詳しいさんちゃんに聞いてみたところ、意外な回答を頂いた。

「ああ、それはぬりかべですよ」

「ほぇ?ぬりかべってなんかもっと、でっかいこんにゃくみたいなのじゃないの?」

「違いますよ三葉先輩。ぬりかべとはその名のとおり大きな壁で、人の行く手を遮るんです。そして進むも戻るもできなくなった人を、その大きな壁で潰しちゃうんです。ぷちって」

なるほどなぁ、たしかにそうだったもんねぇ、と頷いていると、さんちゃんはくすくす笑ってでも、と呟いた。

「本当に運がいいですね、三葉先輩。対処法知らなかったんですよね?」

「え?うん…あれがぬりかべっていうことも気付かなかったもん」

「ぬりかべの祓い方はひとつ。壁の下を木の棒で払うことなんです。そうすれば消えてしまうんですよ」

「そうなの?それってすごい偶然…」

くすくと暢気に笑いながら、さんちゃんはその幸運を僕の友達にも分けてあげてくださいよ、と呟いた。
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本当は怖い妖怪のぬりかべさんのお話。静岡に伝わる話では、ぬりかべさんは結構えげつないんですね。
星花様、リクエストありがとうございました



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