もうひとつの終幕

※【きみの目】終幕if



真っ暗な闇の中、立ち尽くす僕。どれだけ必死に手を伸ばしても、するりとすり抜けていってしまう大切な光。追いかけたくても、地面に縫い付けられているように足が動かない。そのうちずぶずぶと底なし沼に沈むように、僕の意識は塗り潰されていく。

『きみの目は、もう、見えないんだ…!!』

真っ黒になった意識に微かに響く僕の声。おぞましい赤の手を取り、遠ざかっていくあの子。

『いや、そんなの、いやだ、嘘だ、ちがう、やだ、やだやだやだ、やだぁぁぁぁぁああ!!!』

血のように赤い着物を身に纏い、自身をぎゅっと抱き締めて取り乱し叫ぶあの子。
その背中を抱き締めたくて、その涙を拭ってあげたくて、君を笑わせたくて、僕は弾かれたように手を伸ばした。

『大丈夫ですよ、ぜぇんぶ、夢ですからね』




小さく小さく聞こえた愛しい声に、夢なんかじゃない、と呟いてはっとした。
見慣れた天井、つんと鼻を突く臭い、きょろりと視線を彷徨わせると飛び込んできた骨格標本のコーちゃん。
うっすらと差し込む光がここは自室で、まだ夜明け頃だということを教えてくれる。
僕は静かに身を起こし、震える手で額を押さえた。

「なんだ、今の…どこかで…」

今しがた見た夢を、何とか必死に思い出す。何故かズキズキと痛み出した後頭部を押さえながら、ぐるぐると記憶を探り続けて、そして、はっとした。
そうだ、僕は、今日の終焉を知っている。
数日前に起こった件で、知っているじゃないか、今日、大切なあの子を失ってしまうことを。

「っ大、変だ…!!!」

一瞬にして冷たくなった手を握り締めて、僕は深緑の装束に着替え、部屋を飛び出した。



今日は、忌まわしい事件が起こる日。
大切な、愛しいあの子が、赤に奪われてしまう日。



気配を消して忍び込んだ先、くノ一長屋の一室に天井裏から飛び降りて、周囲を見回す。部屋には何の気配も感じられず、ぽつんと見慣れない物が置いてあるだけ。
その中に沈んだ気味の悪い人形を見て、僕は全身の血の気が引いた。
くノ一長屋を飛び出し、全速力で自室に戻る。

「留三郎!!起きろ留三郎!!」

鬼気迫る声で怒鳴ると、僕と同室の留三郎が飛び起きる。敵襲かととぼけたことを言っている彼に装束を叩きつけた。

「三葉ちゃんがいなくなった!!多分シャグマアミガサタケ城の跡地に向かってるはずだから、皆に連絡宜しくね!!」

「はァ!!?なんでまたそんな…って、ちょ、伊作!!」

「ごめん、後にして!!じゃあ行ってきます!!」

手早く荷物を纏め、留三郎に片手をあげて行き先を告げてから、僕は学園を飛び出す。幸い朝も早く、小松田さんも追いかけては来なかった。





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すっかりと太陽は昇り、眩しい光が世界を照らす。今日もいい天気だなあと思っていたのに、目的地であるシャグマアミガサタケ城跡地に着いた頃にはすっかり曇天が広がり、今にも雨が降り出しそうになっていた。
まだ朝だというのに薄暗い瓦礫の山で、僕は必死に小さなあの子を探す。
ちらばる木片や瓦礫に足を取られないように気を付けながら、必死に気配を探り続けたその時、視界の隅に、ふわりと揺れる灰褐色を見つけた。
少し開けた場所に立ち尽くすあの子の目の前には、真っ赤な着物のおぞましいモノ。見た目は綺麗なお姫様だけれど、纏う空気が禍々しい。
そんなモノに、そろりと手を伸ばすあの子を見て、僕は地面を蹴った。
通り過ぎさまにあの子を掻っ攫い、禍々しい赤に向かって叫ぶ。

「消えろ!!この子は絶対に渡さない!!お前なんかに渡して堪るものか!!」

小さく震えている三葉ちゃんをきつく抱き締めたまま、赤を睨む。

「消えろ!!消えろ!!消えろ!!!三葉は誰にも渡さない!!三葉は僕が守るんだ!!」

何度も何度も消えろと叫ぶと、赤は少しだけ悲しそうな顔をして僕たちを見ると、その姿を消した。
ドキドキと騒ぎ続ける心臓を何とか落ち着けようと深呼吸をしていると、突然腕の中の三葉ちゃんがびくりと身じろぎし、何かを地面に投げた。
ばさりと音を立てて地面に投げられたのは、忌々しい一冊の本。
それは突然、めらめらと炎に包まれ、あっという間に燃えてしまった。

「……終わり、ましたね」

風に運ばれ飛んでいく煤を見つめていると、抱き締めたままの三葉ちゃんがどこかもの悲しげに、そう呟いた。

終わり

それが何を指すのか、僕は瞬時に理解して、腕の中の温もりを離す。その体を隅々まで確認して、やっと肩の力が抜けた。

「よかった…よかった、怪我してない…三葉ちゃん、三葉ちゃん…!!」

と同時に緊張の糸がぶつりと切れて、僕の両目からはぼろぼろと涙が零れてしまった。自分でも情けないと思うけれど、この子が無事で本当に安心したんだ。
再度抱き締めてその存在を確かめていると、三葉ちゃんはぐいぐいと僕の胸を押した。
ひょっとして苦しかっただろうかと思い慌てて体を離すと、三葉ちゃんは紅葉色の右目を恥ずかしそうに伏せて、頬を真っ赤に染めていた。

「い、伊作先輩…助けに来てくれたんですか…?」

「うん。突然いなくなるんだもん、心配したよ」

「あ、ありがとうございます…ご心配掛けてすみませんでした…あの、そのぅ…さっきのって、あの…」

「へ…?さっきの…?」

もごもごと言いにくそうに小さく呟く彼女の『さっきの』という言葉が何を指すのかわからず首を傾げていると、潤んだ瞳で僕を見上げた三葉ちゃんが蚊の鳴くような声で『誰にも渡さない、僕が守るって…』と言って、その可愛らしい小さな手でぎゅうと僕の装束を掴んだ。
その仕草の犯罪的な可愛らしさと、咄嗟とはいえとんでもないことを口走っていたという恥ずかしさにかっと顔に血が集まる。

「いや、あの、あれは…その…」

ついしどろもどろになってしまったが、ここで決めなきゃ男が廃る!!と僕の中で何かが叫び、とんでもなく恥ずかしかったけれど、大きく深呼吸をして、彼女の肩を掴んだ。

「三葉ちゃん!!」

「ふぁい!!?」

「あの、僕、実は、その、ずっと、君のことが…君の、事が…」

かかかか、とお互いに真っ赤になっていく。尻すぼみになりかけてしまったので一度咳払いをして、意を決して、思いを告げ



ようとした次の瞬間、背後から無数の殺気を感じて、僕は三葉ちゃんを抱いて大きく跳躍した。
着地先で彼女を背中に隠し、何事だと鋭く正面を睨んで、ぶわりと妙な汗が噴き出す。

「は…早かったね……」

何とか和やかな空気にしようと思い発したその言葉は、どうやら逆鱗に触れてしまったみたい。

「早かった、とはもっと遅く来れば邪魔されずに済んだのに、と変換してもいいのか伊作?」

「どさくさ紛れに何抜け駆けしておいしいとこ持っていってるんですか善法寺先輩」

「伊作てめー散々人に『危険人物』だの『変質者』だの言っておいて、実はてめーが一番危険じゃねぇかよぉぉ!!」

「ぼく、許しませんから」

「埋める」

視線の先…僕の後を追ってきたらしい仙蔵、鉢屋、留三郎と彼に担がれた四郎兵衛、そして、綾部。
各々怒りのオーラを纏って、得意な武器を構えている。

「ちょ、ちょっと待ってよ、話せばわかるから…」

額に汗を浮かべてそう言うも、聞く耳持たず。問答無用と叫んで襲い掛かってきた彼らから逃げるべく、僕は三葉ちゃんを抱き上げて忍術学園に向かって駆け出した。




「あの、伊作先輩、その…勘違いだったら恥ずかしいんですけど…」

「何かな!?って危な!!仙蔵、三葉ちゃんもいるんだぞ!!」

爆発音轟く山道を走り、あと少しで学園の正門という場所まで何とか辿り着いた僕ら。正門のところでは、僕らの帰りを心配そうに待っている友人や後輩たちが肉眼で確認できていた。
何とか無事に戻ってこれたと安心した僕の装束を、可愛い手がくいくいと引っ張っている。
背後から無遠慮に宝禄火矢を投げてくる友人を怒鳴りつけながら三葉ちゃんを促すと、彼女は僕の腕の中でもぞりと身を捩り、耳元でそっと囁いた。

「片目しか見えなくて、目の色も変ですけど、私が卒業したら、伊作先輩こんな私を、お嫁さんに貰ってくれ、るん、です、か?」

そう囁いた後恥ずかしそうに僕の肩に顔を埋めてしまった三葉ちゃん。
可愛い可愛いその子の口から発せられた言葉に僕は驚いてその場で盛大に転び、仙蔵たちに全力でぼこぼこにされた。
ああでもどうしてだろう、全然痛くないや!!

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はい、ということで【きみの目】if終幕でしたー。折角なので伊作オチ。このENDでは目は元に戻らないものの、その後学園を無事に卒業した伊作が仕事に慣れる頃、行儀見習いとして方向転換した三葉が卒業、迎えに来た伊作に嫁ぐ…みたいな流れでいけばいいかなーと思っております。最初伊作の夢オチでもと考えましたが、さすがに可哀想なんで止めてあげましたw
匿名希望様、リクエストありがとうございました



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