謹賀新年

元旦。鍛錬のため里帰りをしなかった三葉がのんびりと食堂に顔を出すと、どどどど、と凄い音を立てて善法寺伊作、鉢屋三郎、そして綾部喜八郎が駆け寄ってきた。

「はわわ!!なに、なにごとでしゅか!!?」

突然のことに驚いて噛んでしまったが、それをからかう人物はここには居ない。3人はがっしりと彼女の肩を掴み、声を揃えてこう言った。

「「「三葉(ちゃん)、一緒に初詣に行こう!!」」」



と、いうことで初詣に出かけることになった4人は、人でごった返す神社を訪れていた。

「うー…振り袖動きにくい…」

金糸で刺繍が施された煌びやかな振袖をちょいと摘んで、三葉が唸る。
偶然その場に居合わせた作法委員会委員長立花仙蔵が、初詣なら初詣らしく初詣の格好をしろと訳のわからないことを言って彼女を連れ去り、無理矢理着付けられた物。人ごみの中でただでさえ動き辛いのに、こんな格好をしていれば三葉が唸るのも当然。
だが、同行している3人はにこにこと満足そうな笑顔を浮かべていた。

「おやまあ、可愛いよ三葉」

「動き辛いなら私が抱っこしてやろうか?三葉」

「大丈夫?転ぶと危ないから手をちゅ、繋ごうか」

そして同時に褒め言葉を口にし(一名緊張して噛んでいたが)、睨み合う。
三葉を抱っこするのは僕の役目ですから鉢屋先輩はどっか行ってください、善法寺先輩と手を繋いだほうが転ぶ危険性が増しますよ不運自覚してください、もっと気の利いた褒め言葉は思い浮かばなかったのかい綾部…と怒涛の罵り合いを始めた3人を、喧嘩は駄目ですよと宥める三葉。
それを何度か繰り返した後、やっとお参りを済ますことができた。
列から開放された三郎がうんと伸びをしたときに、視界に入ったおみくじ箱。

「あ、おみくじ。折角だし引いてくか?」

そう問い掛けると、嬉しそうに頷いた三葉。そんな彼女に目尻を下げた3人は、順番におみくじを引いた。

「あ、小吉だ。なになに、波乱の一年を送る、待ち人来る、失せ物諦めろ、良縁恵まれる、か…三葉はどうだった?」

「えへへ、末吉でした。怪我に注意、待ち人遅れるが待て、失せ物諦めなければ見つかる、良縁には恵まれなさそうです」

おみくじを見せてにこにこと笑い合う三郎と三葉。と、彼女の背後から喜八郎がひょこりと顔を出した。

「見て見て三葉、僕大吉だったよ」

「わあ!!綾ちゃんやったねえ!!なんて書いてあった?」

「んとね、充実した一年を送る、待ち人来る、失せ物見つかる、良縁目の前にあり、だって」

「すごいすごい!!あ、伊作先輩はどうでしたか?」

喜八郎のおみくじを見てぴょこぴょこと飛び上がっていた三葉がじいとおみくじを見つめている伊作に声を掛けると、彼はにっこりと笑っておみくじを見せた。

「………まあ、想像はついてました」

「うるさいよ鉢屋」

「おやまあ、さすが不運な不運委員会を不運にも6年も勤め上げた不運な不運委員長ですね」

「不運不運言わないでくれるかな綾部」

ぺろりと見せられた伊作のおみくじ。そこには大きく、凶、の文字。

「はわ…注意力散漫の先に落とし穴、待ち人来ない、失せ物諦めろ、良縁先送り……えと、その、あの…」

「いいよ三葉ちゃん、無理して慰めてくれなくても。もう慣れてるからさ」

へろりと眉を下げて苦笑する伊作に、何と声を掛けていいのかわからない彼女はおろおろする…が、急に伊作の手を引いて神社の裏手にある鳥居をずんずんと歩いていった。
三郎が置いていかれまいと慌てて後を追いかけるが、彼の後ろに続いた喜八郎は何だか面白くなさそうに唇を突き出してぶすくれる。

連なる鳥居を抜けると、その先には小さな祠。正月飾りがちんまりと置かれたその前で、伊作の手を引いた三葉が立ち止まり、彼に向かってにぱと微笑んだ。

「伊作先輩、ここ、どんな神様が奉られているかご存知ですか?」

そう問い掛けられて、伊作は素直に首を振る。すると、ほにゃりと笑った三葉は突然、祠の小さな扉を開いた。
その中にあったのは、小さな鏡と勾玉、それに小さな刀のようなもの。そして、それら中心にある、白いつるっとした陶器でできているらしき、小さな獣。
狼のような、犬のような、そんないでたちの獣は、体に朱の隈取を施し、ちょこんとおすわりの格好をしている。

「ひょっとして、御神体?」

伊作の言葉に頷いた三葉は、何故か祠の上を見ながら口を開いた。

「ここは天照大神様が奉られているんです。天照様は色々な場所に奉られてありますが、ここはよく顔を出されるんですよ」

ね?と笑って、祠の上の虚空を見つめる三葉。そんな彼女を見つめていると、どこからか風が吹き、ふうわりと数枚の桃の花が舞った。
と同時に、伊作の体が急に軽くなる。

「あ、あれ?何だか急に体が軽く…というか、この時期に桃の花…?」

よくわからない不思議な現象に驚いている伊作の手を、三葉はぎゅうと握る。

「さ、伊作先輩。お参りしましょう?今年一年、神様たちにもいいことがありますようにって」

ふわんと、彼女は微笑んだ。まるで先程の桃の花のような少女に促され、伊作は先程までの疑問を頭の隅に追いやり、手を合わせる。
三郎と喜八郎も、その空気に飲まれて手を合わせる。

暫くそうした後『さあ、じゃあ帰りましょう』と三葉に促されたので、何だか不思議な気持ちのまま4人は帰路につく。
どこか遠くで、狼の遠吠えが聞こえた気がした。



学園に帰った後、三郎は三葉と神社からずっとぶすくれている喜八郎をとっ捕まえ、先程のやりとりは一体なんなのかと問い詰めた。
だが彼女はにこにこしながら、神様への感謝は忘れちゃだめなんですよ、と語るだけだった。



その日から数日、不運委員会委員長善法寺伊作が大変珍しいことに立て続けに幸運に見舞われ、一部であんな幸運が続くなんて、彼はもう死ぬのでは…という不穏な噂が囁かれた。

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