手紙

最近3年生の間で、妙な噂が広まっている。
それは、どんな質問にも答えてくれるという男の子がいる、というもの。
彼の唯一判明している名前を書いた手紙を扉に挟んでおくと、翌朝には返事が来る、というものだった。

「へー!!嘘くさいな!!」

ぱかりと大きな口を開けて、神崎左門が笑う。

「だったら左門、試してみればいいんじゃない?」

噂を仕入れてきた三反田数馬も、本気だとは思っていないのだろう。にこにこと笑って、冗談交じりにそう言った。
これが、この事件の幕開けとなる。



この数日後、くノ一教室4年生の時友三葉は、同じ委員会に所属する3年生浦風藤内に手を引かれ、3年長屋に連れて行かれた。
突然のことに驚いている彼女がその先で見たものは、数枚の手紙を握り締めて泣きそうになっている神崎左門の姿だった。
彼の傍には、不安そうな顔の富松作兵衛と次屋三之助が寄り添っている。

「どうしたの左門くん、一体何があったの?」

怪訝そうに問い掛けた彼女に、ゆっくりと口を開いたのは彼女の手を握ったままの浦風藤内。

「実は、ここのところ3年生である噂が流行っていて、先日数馬がそれを教えてくれて、左門は冗談のつもりで、試してみたんです…そしたら、噂は本当で、左門に…」

「ちょ、ちょっと待って藤内くん。その噂っていうの、もっと詳しく教えてくれるかなぁ?」

話の内容についていけなかった彼女が慌ててそう頼むと、藤内の代わりに作兵衛が、左門の背中をゆっくりと摩りながら、噂の内容を事細かに教えてくれた。

「……ということで、彼が背後に来たときにはどんな質問にも答えてくれるんですけど、その時に質問が用意できてなかったり、振り返ったりしちゃうと…殺されちゃうんです…」

「な、なるほど…それで、左門くんは本当にお手紙が来ちゃって、しかもそのお手紙の内容によると、彼はもう学園の門まで来てると、そういうことなのかな?」 

なるべく怖がらせないようにと微笑んだ彼女は、小さく震えている左門に視線を合わせるようにじゃがんでそう問い掛けた。
そんな彼女に、まるで縋るような視線を向けて、左門は普段の明るさなど微塵も見られない怯えた表情で、しっかりと腕を掴んだ。

「どうしよう…どうしよう!!おれ、本気じゃなかったのに!!このままじゃ…お願い三葉先輩!!助けて!!」

意思の強そうな瞳いっぱいに涙を溜めながら、可愛い後輩に助けを求められた三葉は、きりりと表情を引き締めて、大きく頷いた。



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その日の夜中。恐らく今日明日あたりには現れるだろうと当たりをつけた彼女は左門と共に作法室でうとうとしていた。

「ふぁぁ…なかなか来ないねぇ…もしかして明日なのかなぁ?」

そう小さく呟いた時、どこかでぎしぎしと床が鳴る。
それと同時にだろうか、どこから舞い込んだのか、一枚の手紙が左門の足元に滑り込んだ。
短い悲鳴を漏らした左門を宥め、代わりにその手紙を開く。
そこには歪な文字で『いま さほうしつの まえ』と書かれていた。
とうとう来たかと徐々に大きくなる床の軋む音を聞きつつ身構えていると、

【聞きタいこトっテ、なんデすカ…】

突如背後から聞こえた、まるで地の底から響くような声。ばくばくと煩く騒ぐ心臓を押さえながら隣を見ると、左門はがくがくと震え上がっている。
質問を準備していないと殺される、と聞いていたので、大慌てで三葉が口を開いた。

「えと、あの、さ、左門くんの方向音痴は治りますか」

すると突然締め切っていたはずの戸が音を立てて開き、目も開けていられないくらいの突風が吹いて、左門に宛てられた手紙は全て外へと飛ばされていった。
そんな突風の中、震える2人の耳に届いた言葉は

【…ソれハ、無理】




あまりにも突然の出来事に暫く呆然としていたが、なんでも質問に答えてくれるという彼のちょっと困ったようなその返答にだんだんおかしくなってきてしまい、三葉は我慢できずにくすくすと肩を震わせ、そのうちけらけらと笑い始めた。

そんな彼女を見て、さっきまでの怯えはどこへやら。
左門はわなわなと肩を怒らせて、ほっとけ!!と叫んだ。

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誰か方向音痴治す薬を作ってあげてw
星麗様、リクエストありがとうございました



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