かくれんぼ

いつもの日向ぼっこの最中、泣きじゃくった伊作先輩が抱きついてきた。
びっくりしてひっくり返ったままとりあえず落ち着かせないと、と思い伊作先輩の髪を撫でながら、どうかしましたか?と尋ねたところ、とんでもない内容のお話を聞かされて、全身の血の気が引いた。

「どうしてそんなことしたんですか!!」

「だって、だって僕も知らなかったんだ…!!それに、わざとじゃないんだよぉぉ!!」

びゃああ、とまるで小さい子みたいに泣き喚く伊作先輩にとりあえず早急に何とかしないと危険だということを伝え、とりあえず私の上からどいていただこうとお願いしようとしたところ、遠くから物凄い砂埃を立てて何かが近付いてきた。

「堂々と何をしてるんですか!!」

近付いてきた何か、は綾ちゃんで。
綾ちゃんは愛用の踏鋤で伊作先輩の頭をがんと叩いて、珍しく怒鳴る。そんな綾ちゃんを宥めつつ、私は伊作先輩に急いで塩水、それから何でもいいので刃物を用意するように伝え、不機嫌な綾ちゃんの腕を引っ張って自室に駆け込んだ。

ごそごそと押入れを漁り、少し前に使用した大きな皿と三本の棒を取り出し、苦無に糸を巻きつけて立てた棒から吊るし、皿に今回は砂を入れた。

「三葉…それって、何かを探す道具だっけ?善法寺先輩、何かなくしたの?」

部屋の隅にちょこんと座り、気配を消して小さな声で問い掛けてきた綾ちゃん。
私は小さく首を振り、なくしたんじゃなくてなくしそうなの、と呟いた。

「なくしそう?それ、どういう意味?」

ますます意味がわからない、といわんばかりに首を傾げて不思議そうにしている綾ちゃんに、私はくるりと向き直り、先ほど受けた相談の全容を話した。

「伊作先輩、不運に不運が重なって、ひとりかくれんぼ始めちゃったの」

「ひとりかくれんぼ?」

「うん、とってもとっても危険な降霊術。早く対処しないと、伊作先輩今日の夜に死んじゃうの」

私の口から零れた不穏な言葉に、さすがに不機嫌だった綾ちゃんも真剣な顔になる。毎回毎回本当に不運な人だと呟きながらも、綾ちゃんはじっと皿の上の砂を見つめた。
お告げください、お告げください。そう数回繰り返し、伊作先輩を探しているはずの人形のありかを問い掛ける。すると、吊るした苦無がぐしゃぐしゃと不自然に揺れ始め、ふろ、と砂に文字を書いた。
示された場所にやはりかと項垂れながら、私は急いでそれらを片付け、伊作先輩の待つ医務室に向かった。





その日の夜中。もうすっかり丑三つ時も過ぎて、第二運動場のほうから微かに七松先輩らしき声が聞こえてきた頃。
当事者の伊作先輩と、心配だからといってついてきた先輩想いの綾ちゃんと一緒に、忍たま長屋のお風呂に向かった。
既に明かりも消され片付けられたお風呂場に、心もとないひとつの明かりだけを頼りにこっそりと踏み込む。

「………あった、よかった…」

ほっと、安堵の息と共に呟いた言葉。視線の先には、とてもとても不気味な手作りらしきお人形。

「伊作先輩、この子のお名前は何でしたか?」

「えっと、背中には椿、って書いてあったよ」

「わかりました。では伊作先輩は、これから私の言う通りの手順で言う通りに動いてくださいね。絶対に、絶対に間違っちゃだめですよ?」

そうきつくきつく言って、不安そうな伊作先輩に手順を説明し、綾ちゃんには風呂場の入り口で待っていてとお願いし、先輩1人を風呂場に残し脱衣所へと移動した。

「…三葉、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。だから綾ちゃんは、誰も入ってこないように、何も出て行かないように、お風呂場の入り口で待っててくれるかな?出て右側の柱にお札を貼っといたから、そこにいてね。何があっても絶対離れちゃだめだよ?」

「………わかった…」

綾ちゃんにも今回のコレがどれだけ危険なのかはしっかりと説明しておいたし、念のためにとさんちゃんにお札も用意してもらった。
心配そうな眼差しで私の手を握る彼の手を撫でて、にっこり笑って背中を押す。
そして、綾ちゃんが脱衣所から出て行ったのを確認してから、持っていた明かりを脱衣所の真ん中あたりに置き、伊作先輩を待った。

お風呂場からボソボソと声が聞こえた後、そろそろと出てきた伊作先輩を手招きして呼び、共に目を閉じて十数える。
そして、また伊作先輩を風呂場へと送り出し、私は先に用意しておいた塩水の入った桶を持って、掃除道具が仕舞ってある戸棚の中へと入った。
暫くして、まるで転がり込むように戸棚に駆け込んできた伊作先輩。
その顔は暗がりでもわかるほど真っ青で、小さく震えている。
私も数回深呼吸をして、じっとその時を待った。

ふいに、カタリ、という物音が聞こえ、伊作先輩の肩が跳ねる。
カタリ、カタ、カタリ、コトリ。まるで風呂場の扉を開ける時のような音は、ゆっくりと、それでも確かに続いている。
私はなるべく小さく、伊作先輩に矢羽音で話しかけた。

『伊作先輩、始まりました。多分、伊作先輩の体質で結構なことが起こると思いますが、絶対に声を出さないでください』

『わかった。ごめんね、僕の不運でこんなことになっちゃって…』

悲しそうな顔をして、私をじっと見つめる伊作先輩。暗くてよく見えないので、私はぐっと伊作先輩に顔を近付けて、にぱっと明るく微笑んで見せた。

『伊作先輩は悪くないので、そんな風に言わないでください。大丈夫ですよ、私が絶対、守りますから』

そう伝えると、伊作先輩はぎゅうと私を抱き締め、ふるふると震えた。相当怖いんだろうなあと思い、私も同じようにぎゅうと抱き締め返すと、伊作先輩は突然慌てたように体を捩り始めた。しかし狭い戸棚の中、思ったように身動きが取れなかったのか、ぐいぐいと密着していく。

『あのごめん、三葉ちゃん、できればもう少し、離れてもらえる?』

『そう言われましても、こう狭いと、しかも、足に箒の柄みたいなのが当たってて動けないです。ごめんなさい、全部片付けたつもりだったんですけど』

その瞬間、伊作先輩がわたわたと慌てて腰を引いた、んだと思う。あまり物音を立てても箒が倒れちゃうのもいけないので、先輩が動けないようにぐっと体を寄せると、暗いけど、ほんの少し顔が見えた。

『伊作先輩、どうしてそんなに真っ赤なんですか?暑いんですか?』

今にも湯気が出そうなほど真っ赤な顔をして固まる伊作先輩。体調でも悪くなったのかと思い問い掛けると、先輩はごめんしか言わなくなってしまった。
困り果てた私はとりあえず物音が遠いうちに確認をと考え、伊作先輩の額に手を当てようとした。
が、その手はぱしりと掴まれ、ぐいと引き寄せられる。勢いのままに伊作先輩の腕の中に倒れこみ、目を白黒させていると、耳元で小さく小さく、ごめんね、もう無理、と呟かれ、理解が追いつかないうちに、装束の上から内股を撫でられた。
きゅう、と経験したこともない感覚が下腹部に走り、同時に足に押し付けられる硬いもの。それら全てが何を示すのかようやっと理解した私は、瞬間沸騰した頭で必死に伊作先輩を押しのける。
しかし狭い戸棚の中、その抵抗は無駄に終わり、どんどん力が抜けていく。
わき腹をするりと、伊作先輩の大きな手が撫で上げた。

その瞬間、がたんと一際大きな音がして、私と伊作先輩ははっと我に返る。
そうだった、危ない、今はそんなことをしている場合じゃない。

私はがらりと戸棚を開け、伊作先輩と共に脱衣所に転がり出る。

「伊作先輩、お風呂のお人形のところへ!!」

そう叫んで、伊作先輩に塩水の桶を押し付ける。
風呂場に駆け込んだ伊作先輩の背中を見送り、その場にへたり込むと、ばしゃりと水音が聞こえ、耳障りな悲鳴が轟いた。
その悲鳴を聞いて、終わりを確信した私は腰が抜けたまま脱衣所の扉を開け、ずっと待っていてくれた綾ちゃんを呼んだ。

「随分騒がしかったけど、もう終わったの?大丈夫?怖かったの?」

心配そうな綾ちゃんにそう問われるも、先程のことを思い出しぼしゅりと顔が赤くなる。
蚊の鳴くような声で終わったことだけを何とか伝えると、綾ちゃんから一切の表情が消えた。
そして、一言も発しないままとことこと風呂の中に入って行き、次の瞬間お風呂のほうからガコガコと物凄い音が轟いた。




翌日の朝、例の人形を燃やしていたところにぼろぼろの伊作先輩が現れ、物凄い勢いでお礼と謝罪を言われたんだけれど、駆けつけた綾ちゃんに追い払われた。
私も私で、暫く伊作先輩とはお話、できそうにもないです。

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こちらも折角なので纏めてみました。伊作VS喜八郎。密室という罠で伊作の鉄の理性も崩壊w
星麗様、リクエストありがとうございました



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